三畳紀の回復
## 「回復」と呼ばれるまでには長い時間がかかった
三畳紀は、生命が単純に繁栄へ向かった時代ではない。その出発点には、地球史上最大級の大量絶滅であるペルム紀末の危機があった。海でも陸でも多くの系統が失われ、生態系の構造そのものが大きく崩れたためである。
大量絶滅の直後に生物がまったく存在しなくなったわけではない。生き残った系統は各地に残り、比較的早い段階から個体数を増やしたものもいた。しかし、種数が増えることと、複雑な生態系が再建されることは同じではない。
捕食者、草食者、ろ過食者、底生生物、造礁生物などが多様な役割を分担し、複雑な食物網を形成するまでには時間が必要だった。三畳紀の「回復」とは、失われた世界がそのまま元に戻ったことではなく、絶滅を生き延びた系統と新しく多様化した系統によって、別の生態系が組み立てられていった過程と考える方が実態に近い。
## ペルム紀末の危機は環境そのものを変えた
ペルム紀末の大量絶滅には、現在のシベリア・トラップに残る巨大火成活動が深く関係したと考えられている。大規模な火山活動に伴って二酸化炭素などが放出され、急激な温暖化、海洋の酸素減少、海洋化学の変化などが重なった可能性が高い。
ただし、大量絶滅を単一の要因だけで説明することは難しい。温暖化が海水中の酸素を減少させ、生物の代謝に負担を与える一方、海洋循環や栄養塩循環の変化が生産者や分解者にも影響する。複数の変化が連鎖し、生態系全体の安定性を失わせたとみられている。
そして重要なのは、絶滅を引き起こした環境の不安定さが、ペルム紀の終わりと同時に消えたわけではないことである。
初期三畳紀にも非常に温暖な気候や海洋の低酸素状態が繰り返されたことを示す地質学的証拠がある。地域や時期によって状況は異なるものの、絶滅後の生物は、すぐに安定した世界へ移ったわけではなかった。
大量絶滅から生き残ることと、その後の環境で長期的に繁栄することは別の問題だったのである。
## 最初に広がったのは「勝者」だけではない
大量絶滅のあとには、生き残った少数の生物が広い範囲で優勢になることがある。陸上では、単弓類の一種であるリストロサウルスが初期三畳紀の代表的な動物としてよく知られている。
このような現象だけを見ると、「絶滅によって競争相手が消えたため、生き残った動物がすぐ繁栄した」と考えたくなる。しかし実際には、生態系の単純化という側面もある。
多くの系統が消えた環境では、生態的地位が空いていても、それを利用する生物がすぐ現れるとは限らない。植物相、土壌、捕食者、分解者なども同時に打撃を受けていれば、生態系の一部分だけが以前のように機能することは難しい。
初期三畳紀には、限られた種類の生物が広範囲に分布する比較的単調な動物相が見られる地域もある。それは新しい繁栄の始まりであると同時に、大量絶滅によって多様性が失われた世界の特徴でもあった。
## 海の回復は個体数だけでは測れない
海洋でも同じことが起きた。
ペルム紀末には多くの海洋生物が失われ、造礁生態系も大きな打撃を受けた。三畳紀に入るとアンモナイト類などの一部のグループは比較的早く多様化したが、海洋生態系全体が同じ速度で回復したわけではない。
海底に暮らす動物による巣穴や這い跡などの生痕化石を見ると、絶滅後には活動の複雑さや海底深くへの掘り込みが減少し、その後徐々に回復していったことが分かる。
これは重要な変化である。
海底を掘り返す動物は、単にそこに住んでいるだけではない。堆積物の内部へ酸素を送り込み、有機物を移動させ、他の生物が利用できる環境そのものを変化させる。こうした活動が戻ることは、生態系の機能が再び複雑になっていくことを意味する。
三畳紀の回復を見るときには、「何種類の生物がいたか」だけでなく、「生物が環境にどのような作用を及ぼしていたか」も重要なのである。
## サンゴ礁も以前と同じ姿には戻らなかった
ペルム紀以前にも大規模な礁は存在したが、大量絶滅によって造礁生態系は大きく崩壊した。
三畳紀になると、現在の造礁サンゴにつながる六放サンゴ類を含む新しい礁生態系が発達していく。ただし、その成立は大量絶滅直後ではない。微生物が形成する炭酸塩構造などが目立つ時期を経て、より複雑な礁生態系が再び広がった。
ここにも「元に戻った」のではなく「組み替わった」という特徴が表れている。
大量絶滅以前の生態系を支配していた系統の一部は二度と戻らなかった。その空白を利用して、それまで存在していた別の系統や新しく進化した系統が多様化した。
回復とは、失われた生態系の復元ではない。新しい構成員による再編なのである。
## 陸上では新しい競争関係が始まった
三畳紀中頃から後半になると、陸上脊椎動物の構成も急速に変化する。
ペルム紀から生き残った単弓類の系統だけでなく、主竜類を含む爬虫類の多様化が進んだ。そこからワニ類につながる系統や、恐竜と翼竜を含む系統が分岐していく。
恐竜も三畳紀の途中で出現した。しかし、登場した瞬間から陸上生態系を全面的に支配していたわけではない。
三畳紀には、現在では見られないさまざまな主竜類や大型両生類、単弓類などが共存していた。捕食者や大型植物食動物という生態的地位をめぐって、複数の系統が並存する世界だった。
その意味で三畳紀は「恐竜時代の始まり」であると同時に、恐竜がまだ多数の競争相手の一つだった時代でもある。
後のジュラ紀の生態系を三畳紀へそのまま投影すると、この時代の特徴を見失ってしまう。
## 海では新しい大型捕食者が現れた
三畳紀には海洋爬虫類も大きく多様化した。
魚竜類をはじめ、さまざまな爬虫類が海へ進出し、魚類や頭足類などを捕食するようになった。陸上脊椎動物の祖先をもつ動物が海洋の大型捕食者へ進化したことは、三畳紀の生態系再編を象徴する出来事の一つである。
これは単に新しい動物が増えたという話ではない。
大型捕食者が成立するためには、その下位に十分な獲物が存在しなければならない。一次生産者から小型動物、魚類、頭足類、大型捕食者へとエネルギーが流れる食物網が成立して初めて、大型捕食者を長期的に支えられる。
大型捕食者の多様化は、海洋生態系そのものが次第に複雑さを取り戻したことの一つの表れでもある。
## 回復の途中にも新たな危機があった
三畳紀を一つの長い安定期と見ることもできない。
三畳紀中には気候や海洋環境が何度も変化し、生物相にも入れ替わりが起きた。特に三畳紀後期には、降水量や植生、生物分布が大きく変化したと考えられる時期もある。
さらに三畳紀の終わりには、再び大規模な絶滅が起きる。
この絶滅には、超大陸パンゲアの分裂開始に伴う中央大西洋マグマ活動域の巨大火成活動が関係した可能性が高い。大量の二酸化炭素放出に伴う急速な気候変動や海洋環境の変化が、生物に大きな負荷を与えたと考えられている。
その結果、三畳紀を通じて繁栄していた多くの系統が衰退あるいは消滅した。
そして絶滅を生き残った恐竜が、ジュラ紀にさらに多様化していく。
ここでも絶滅が「恐竜を繁栄させるために起きた」わけではない。絶滅の結果として生態的地位が空き、その後の環境条件のもとで生き残った系統の一部が拡大したのである。
## 三畳紀が示す「生態系の回復」とは何か
三畳紀の生命史が興味深いのは、大量絶滅後の世界がどのように再構築されるのかを長い時間幅で見ることができる点にある。
最初に戻るのは、必ずしも生態系の複雑さではない。生き残った一部の生物が個体数を増やし、その後に種の多様化が進み、さらに捕食関係や造礁、生物による海底攪拌などの生態系機能が再構築されていく。
しかも、その過程は一直線ではない。環境が再び悪化すれば回復は停滞し、新たな絶滅や生物相の入れ替わりも起きる。
そして最終的に成立した生態系は、ペルム紀の生態系の再現ではなかった。
新しいサンゴ礁、新しい海洋捕食者、新しい陸上脊椎動物が現れ、後の中生代につながる生態系が形づくられていった。
三畳紀の回復が示しているのは、生命が必ず元の状態へ戻るということではない。環境変化によって生態系が崩れたあと、生き残った系統と新しく進化した系統が相互作用しながら、以前とは異なる世界をつくり直していくという地球生命史の一つの基本的なパターンなのである。