全球凍結は「一度の大寒波」ではなかった
「全球凍結(Snowball Earth)」という言葉からは、ある時点で突然、地球全体が氷に包まれた出来事を想像しやすい。しかし実際に議論されているのは、数千万年にわたる地球環境の変化のなかで、氷床や海氷が低緯度まで広がった複数の大規模な氷期である。
とくに重要なのが、新原生代のクライオジェニアン紀に起きたスターティアン氷期とマリノアン氷期である。現在の年代モデルでは、スターティアン氷期はおよそ7億1700万年前から6億5900万年前、マリノアン氷期はおよそ6億4500万年前から6億3500万年前に位置づけられることが多い。ただし開始年代や地域ごとの氷河作用の対応には研究上の幅があり、すべての場所で同時に同じ状態になったと単純化することはできない。
重要なのは、全球凍結を一つの事件として見るのではなく、その前に進んでいた大陸配置や炭素循環の変化、氷が拡大する際の気候フィードバック、そして融解後の海洋・生命圏の再編までを一続きの地球システム変動として考えることである。
全球凍結の前には何が起きていたのか
クライオジェニアン紀の前後には、超大陸ロディニアの分裂が進んでいた。大陸がどの緯度に、どのような形で分布していたかは気候に大きく関係する。とくに温暖で降水の多い低緯度に広い陸地が存在すると、岩石の化学的風化が活発になりやすい。
ケイ酸塩岩の風化は、長い時間スケールでは大気中の二酸化炭素を減らす方向に働く。したがって、大陸分裂によって新しい岩石が露出し、低緯度地域で風化が促進されれば、温室効果が弱まり、寒冷化しやすい条件がつくられる可能性がある。
ただし、「ロディニアが分裂したから全球凍結が起きた」と一本の因果関係で説明することはできない。火山活動、大陸の緯度、海陸配置、風化速度、当時の炭素循環、生物活動など複数の要因が候補として研究されている。全球凍結の開始を決めた要因については現在も議論が続いており、単一の引き金が確定しているわけではない。クライオジェニアン紀には大陸再編を含む複数の地球規模変化が同時進行していたこと自体が、この問題を難しくしている。
氷が増えるほど、さらに寒くなる
全球凍結を理解するうえで中心となるのが、氷―アルベド・フィードバックである。
海や岩石は太陽光のかなりの部分を吸収する一方、雪や氷は多くの光を反射する。寒冷化によって氷の面積が増えると、地球が吸収する太陽エネルギーが減る。その結果さらに気温が下がり、氷がいっそう広がる。
つまり、
寒冷化 → 氷の拡大 → 太陽光の反射増加 → 地球のエネルギー吸収減少 → さらなる寒冷化
という自己増幅的な変化が起こりうる。
気候モデルでは、海氷が十分に低緯度まで進出すると、このフィードバックによって非常に寒冷な状態へ移行できることが示されている。全球凍結は、通常の氷期が単純に強くなったというより、地球の気候システムが異なる安定状態へ移った現象として考えることができる。
本当に地球全体が凍ったのか
「全球凍結」という名称から、海面が赤道まで完全に厚い氷で閉ざされた世界を連想するかもしれない。しかし、どの程度まで海が凍結していたのかについては議論がある。
全球規模の寒冷化を支持する重要な証拠の一つは、当時低緯度に位置していたと考えられる地域にも氷河性堆積物が残されていることである。今日の地球なら熱帯に相当する場所まで氷河作用が及んでいた可能性があり、通常の氷河時代では説明しにくい。
一方で、赤道付近を含む海面が例外なく完全に閉ざされていたのか、それとも部分的な開水面や薄い海氷域が存在したのかは確定していない。後者を強調するモデルは「スラッシュボール・アース」と呼ばれることもある。また、氷の下、海氷の割れ目、局所的な開水面、氷河融水が供給される場所などが、生物の避難場所になった可能性も研究されている。
したがって、全球凍結は「地球上のすべての水が凍りついた」という意味ではない。海底付近では地熱もあり、液体の海水が残りうる。問題は、地球表面の非常に広い範囲が氷に覆われ、光合成や海洋循環、生物生産に大きな制約を与えるほど寒冷化したかどうかである。
凍った地球は、なぜ再び融けたのか
全球凍結には大きな問題がある。一度、氷―アルベド・フィードバックによって地球が強く凍結すると、氷が太陽光を反射するため、その状態から抜け出しにくくなるからである。
そこで重要になるのが二酸化炭素である。
通常の地球では、火山活動などによって大気に供給された二酸化炭素の一部は、陸上岩石の風化を通じて長期的に除去される。しかし地表の広い範囲が氷で覆われると、陸上での化学的風化は大幅に抑えられる。
その一方で、火山からの二酸化炭素供給が続けば、大気中の二酸化炭素は長い時間をかけて蓄積できる。やがて温室効果が氷による強い反射効果を上回ると、低緯度から融解が進み始めると考えられている。
しかも氷が減れば地表が暗くなり、太陽エネルギーを再び吸収しやすくなる。そのため融解側にも強いフィードバックが働く。全球凍結の終了は、単なるゆっくりした温暖化ではなく、極端な寒冷状態から温暖な状態への大規模な転換だった可能性がある。
氷が消えた後にも、大変動は続いた
全球凍結の終了は地球環境が「元通りになった」ことを意味しない。むしろ氷が融けた後には、それまでとは逆方向の激しい環境変化が起こった。
長期間蓄積した二酸化炭素によって温暖な気候になり、大量の氷河融水が海へ流れ込む。露出した大陸では化学的風化が急速に進み、河川から海へ大量の溶存成分が運ばれる。こうした変化は海水の化学組成、栄養塩供給、海洋の成層などにも影響したと考えられている。
全球凍結期の氷河性堆積物の直上には、多くの地域で「キャップカーボネート」と呼ばれる炭酸塩岩が現れる。これは氷期から融氷後への急激な環境転換を示す重要な記録である。ただし、その形成過程については単純な一段階モデルでは説明しきれず、海底風化、融氷後の大陸風化、淡水と深層水の混合など複数の過程が関係した可能性が研究されている。
この意味で全球凍結は、「凍った時代」だけでは完結しない。寒冷化、極端な氷期、融解、温暖化、風化と海洋化学の再編まで含めた長い変動だった。
生命は全球凍結を生き延びた
クライオジェニアン紀以前には、すでに細菌や古細菌だけでなく真核生物も存在していた。したがって、全球凍結が本当に広範囲に及んだのであれば、それらの生物がどこで生き延びたのかを説明する必要がある。
地質学的・生物学的証拠からみて、全球凍結は生命を完全に消滅させた出来事ではない。氷の下の海、局所的な融水域、開水面などに生存可能な環境が残った可能性があり、氷河下から供給される酸素を含んだ融水が好気性生物の生息場所を支えたという研究もある。
さらに、クライオジェニアン紀には真核生物の生態系にも大きな変化が起きたと考えられている。化石や分子化石などの研究から、二度の大氷期の間やその後に真核生物の多様性・生態的複雑性が変化した可能性が示されている。
しかし、「全球凍結が動物を進化させた」とまで断定することはできない。マリノアン氷期が終わった約6億3500万年前以降のエディアカラ紀には、大型で複雑な多細胞生物が化石記録に現れるが、全球凍結とその進化を直接結ぶ因果関係は確立していない。酸素濃度、栄養塩循環、生態系の相互作用、遺伝的革新など多くの要因を考える必要がある。全球凍結と生物進化が時間的に近接していることは重要だが、それだけで原因と結果を意味するわけではない。
全球凍結が示す「生命と地球」の関係
全球凍結は、地球史における異常な寒冷事件としてだけ見ると、その重要性を捉えにくい。
その前には大陸移動や炭素循環の変化があり、寒冷化が進むと氷―アルベド・フィードバックが気候を増幅した。凍結中には風化や海洋循環、生物の生息場所が変化し、長期的な二酸化炭素蓄積がやがて融解を可能にした。そして融解後には、大陸風化と海洋化学が再び大きく変わった。
スターティアン氷期とマリノアン氷期の間、そしてマリノアン氷期後には、生命圏でも重要な変化が続いている。ただし、どこまでが全球凍結の直接的な結果で、どこまでが同時期に進んでいた地殻変動や酸化還元環境、生物進化そのものによるのかは、現在も完全には分かっていない。
全球凍結が教えてくれるのは、地球の気候が一定の範囲で穏やかに変化するだけとは限らないということである。大陸配置、岩石の風化、大気中の二酸化炭素、氷、海洋、そして生命活動が結びつくことで、地球全体がまったく異なる状態へ移行することがある。
そしてその極端な環境変動を生命は生き延び、その後の生態系へとつながっていった。全球凍結は生命史をいったん途切れさせた出来事ではなく、地球環境と生命圏がともに大きく組み替えられていく長い歴史の一段階として位置づけるべき出来事なのである。