性選択と多様化
## 生き残るだけでは決まらない進化
進化を考えるとき、まず思い浮かびやすいのは「環境に適した個体が生き残る」という自然選択である。しかし、生物が次の世代を残すには、生存するだけでは足りない。繁殖相手を得て、実際に子孫を残す必要がある。
この繁殖成功の違いによって形質の頻度が変化する過程を、**性選択**という。性選択は自然選択と切り離された別の進化原理ではなく、自然選択の一部として理解されることが多い。ただし、生存そのものよりも「誰が繁殖できるか」という違いに注目する点が特徴である。
性選択は、鳥の鮮やかな羽、シカ類の大きな角、昆虫の奇妙な突起、複雑な求愛行動など、多様な特徴の進化を説明する重要な考え方である。そして生命史を長い時間幅で見ると、こうした繁殖をめぐる相互作用は、生物の形や行動を多様化させる要因の一つとなってきた。
ただし、それは生物を「より優れた姿」へ導く仕組みではない。性選択によって生じる特徴は、その時代、その環境、その集団の繁殖関係のなかで形成された結果であり、進化にあらかじめ定められた目標や頂点があるわけではない。
## 性選択には二つの代表的なかたちがある
性選択には、大きく分けて二つの状況が考えられる。
一つは、同じ性の個体どうしが繁殖相手をめぐって競争する**同性内選択**である。もう一つは、相手の特徴によって交配相手が選ばれる**異性間選択**である。
### 繁殖相手をめぐる競争
同性内選択では、体格、武器となる構造、順位をめぐる行動などが繁殖成功に関係することがある。
シカ類の角は代表的な例である。雄どうしの競争に角が使われ、より繁殖機会を得やすい個体が多くの子孫を残す状況が続けば、角の形や大きさに性選択が作用しうる。
甲虫などにも、雄に極端に発達した角や大顎を持つ種がいる。これらも雄どうしの争いと関係して進化したと考えられている場合がある。
しかし、「大きければ大きいほど進化的に優れている」という意味ではない。巨大な構造を作るには資源が必要であり、移動を妨げたり、捕食者から目立ちやすくなったりする可能性もある。繁殖上の利益と、生存や成長に伴うコストの両方が作用するため、形質は単純に一方向へ拡大し続けるとは限らない。
### 選ばれるための特徴
異性間選択では、色彩、鳴き声、匂い、踊り、巣や装飾物などが相手の選択に影響することがある。
クジャクの雄の長く鮮やかな飾り羽は、よく知られた例である。このような目立つ特徴は、生存だけを考えれば不利に見えることさえある。それでも繁殖相手から選ばれる確率を高めるなら、世代を重ねるうちに発達する可能性がある。
鳥類では、羽毛の色だけでなく、歌や求愛行動も重要である。フウチョウ類のように複雑な羽毛と求愛行動を組み合わせる系統もあれば、視覚的な装飾より鳴き声が重要な種もいる。
つまり性選択が生み出すのは、一つの「理想的な姿」ではない。それぞれの生態や感覚能力、繁殖様式に応じて異なる特徴が進化しうる。
## なぜ生命はこれほど多様な姿になったのか
地球生命史では、同じ基本的な身体構造を持つ近縁種が、驚くほど異なる色彩や形、行動を示すことがある。
こうした多様化のすべてを性選択だけで説明することはできない。環境への適応、地理的隔離、遺伝的浮動、捕食者との関係、食物資源など多くの要因が同時に関わる。しかし、性選択も形態や行動の違いを拡大する重要な仕組みになりうる。
たとえば、ある集団では特定の色の個体が繁殖相手として選ばれやすく、別の集団では異なる色が選ばれやすいとする。こうした傾向が長期間続けば、二つの集団の外見だけでなく、求愛行動や相手を認識する仕組みにまで違いが蓄積する可能性がある。
その結果、もともとは同じような集団だったものが、繁殖の仕方まで異なる方向へ進化していくことがある。
## 性選択は種分化にも関係する
新しい種が生まれる過程では、集団間で遺伝子の交換が減少することが重要になる。
山脈、海峡、河川などによる地理的隔離は、そのきっかけの一つである。しかし、繁殖相手の選び方が変化することも、集団間の交配を減らす要因になりうる。
たとえば、二つの集団で求愛の鳴き声が異なるようになり、それぞれが自分の集団特有の鳴き声を持つ相手と交配しやすくなれば、両集団の遺伝子交換はさらに少なくなる可能性がある。
視覚による色彩の違いでも、匂いでも、求愛行動でも同様のことが起こりうる。
アフリカの湖に生息するシクリッド類では、近縁な多数の種が異なる体色、食性、生息場所、繁殖行動を示す例が知られている。こうした多様化には生態的な分化だけでなく、繁殖相手の選択も関係してきたと考えられている。ただし、シクリッド類の急速な多様化は複数の要因によるものであり、性選択だけを単独の原因とみなすのは適切ではない。
性選択は、すでに生じ始めた集団間の違いを拡大し、繁殖的な隔たりを強めることがある。その意味で、種分化と結びつく進化過程の一つなのである。
## 環境が変われば「魅力的な特徴」の意味も変わる
性選択は生物どうしだけで完結する現象ではない。地球環境の変化とも結びついている。
たとえば色彩による相手選びでは、光が重要になる。水中では深さや水の透明度によって届く光の波長が異なり、陸上でも森林、草原、薄暗い林床などで見え方が変わる。
環境が変化すれば、以前はよく見えていた求愛色が見えにくくなることもある。すると相手を識別する方法や、選ばれやすい特徴そのものが変化する可能性がある。
鳴き声についても同じである。密生した森林と開けた環境では音の伝わり方が異なるため、どのような音が相手に届きやすいかも変わる。
生命と環境の関係を長い時間軸で見ると、性選択も固定された仕組みではない。大陸配置、気候、植生、水域環境などが変化すれば、生物が相手を見つけ、識別し、競争する条件も変わる。
地球環境は生存条件だけでなく、繁殖を成立させる舞台そのものを変えてきたのである。
## 派手な特徴だけが性選択ではない
性選択という言葉から、巨大な角や鮮やかな羽のような目立つ特徴だけを想像すると、その働きの一部しか見えない。
繁殖成功には、相手を見つける能力、求愛のタイミング、交尾後の競争、配偶子どうしの相互作用など、さまざまな段階が関係する。
外見上ほとんど違いが見えなくても、行動や生理的特徴に強い性選択が作用している場合もある。
また、性選択は必ず「雄が競争し、雌が選ぶ」という単純な構図になるわけではない。どちらの性がより強く競争するかは、育児への投資、繁殖可能な個体数、交配様式などによって変わる。種によっては一般的なイメージとは異なる役割分担もみられる。
進化を理解するには、人間社会の男女像をそのまま他の生物へ当てはめるのではなく、それぞれの種の繁殖生態を調べる必要がある。
## 性選択は「より完成された生物」を作るのではない
巨大な角、極彩色の羽毛、複雑な歌やダンスを見ると、進化がより華麗で高度な生物を作り出してきたように感じるかもしれない。
しかし、進化にそのような方向性があらかじめ設定されているわけではない。
繁殖成功を高める特徴であっても、環境が変化すれば不利になることがある。捕食者が変わったり、餌が不足したり、相手を認識する環境が変化したりすれば、それまで有利だった特徴に対する選択圧も変わりうる。
反対に、装飾がほとんどないことも「進化が遅れている」ことを意味しない。その環境や繁殖様式では派手な装飾が必要なかった、あるいは装飾のコストが利益を上回ったという可能性がある。
進化史は一本の階段ではなく、数え切れない分岐を持つ樹木のようなものである。それぞれの系統が、その時々の環境と他の生物との相互作用のなかで異なる方向へ変化してきた。
## 性選択から見える生命史
地球生命史を理解するうえで重要なのは、生物の姿が気候や食物だけで決まってきたわけではないという点である。
生物は捕食し、捕食され、競争し、共生する。そして繁殖相手を選び、あるいは選ばれる。こうした生物どうしの関係そのものが、新しい選択圧を生み出す。
性選択はその代表例である。
繁殖をめぐる競争と選択は、角、羽毛、色彩、鳴き声、匂い、行動などを多様化させ、ときには集団間の違いを拡大して種分化にも関わってきた。一方で、その作用は常に環境、生態、歴史的偶然、他の進化要因との組み合わせのなかで生じる。
現在の地球に見られる生物多様性は、単に「生存に最も適した形」が残った結果ではない。誰が生き残ったかだけでなく、誰が誰と繁殖したかという長い歴史もまた、生命の姿を形作ってきたのである。