第四紀の氷期サイクル
## 氷期と間氷期が繰り返される時代
第四紀は、約258万年前から現在まで続く地質時代である。その大きな特徴の一つが、寒冷な氷期と比較的温暖な間氷期が繰り返されてきたことである。
ただし、「第四紀になって突然、氷河時代が始まった」と考えるのは正確ではない。地球の長期的な寒冷化は、それよりはるか以前から進んでいた。南極大陸には第四紀以前から大規模な氷床が存在し、北半球でも次第に寒冷な条件が整っていった。第四紀の氷期サイクルは、こうした長い寒冷化の歴史の上に成立した現象である。
また、一回の氷期が地球全体を完全に氷で覆ったわけでもない。巨大な氷床が発達したのは主として北米や北ヨーロッパなどの高緯度地域で、低緯度地域には森林や草原、乾燥地などが残っていた。
重要なのは、第四紀の環境が単純に「寒かった」のではなく、寒冷化と温暖化、乾燥化と湿潤化、海面低下と上昇が何度も繰り返されたことにある。この変動する世界が、生物の分布、進化、絶滅、そして人類の歴史に深く影響した。
## 氷期サイクルの前には長い寒冷化があった
新生代の初期には、現在よりはるかに温暖な時期があった。しかし、その後数千万年という時間をかけて地球は長期的に寒冷化していった。
その背景には一つの原因だけがあったわけではない。大陸配置の変化、海峡の開閉、海洋循環の変化、山脈の隆起、岩石の風化、二酸化炭素濃度の変化などが互いに関係していたと考えられている。
約3400万年前には南極大陸に大規模な氷床が成立した。その後も寒冷化は一様ではなく、温暖な時期を挟みながら進行した。中新世には一時的な温暖化も起きたが、後半になると再び寒冷化が進み、南極氷床が拡大した。
さらに鮮新世から第四紀へ向かう時期には北半球でも大規模な氷床が発達するようになる。
したがって第四紀の氷期サイクルは、突然始まった孤立した事件ではない。数千万年にわたる地球システムの変化によって、軌道要因による比較的小さな日射量の変化が巨大な氷床の拡大・縮小へ結びつきやすい状態になった、と見る方が実態に近い。
## 地球の軌道が氷期のリズムをつくる
氷期と間氷期の周期性を考えるうえで重要なのが、地球の公転軌道や自転軸の変化である。一般にミランコビッチ・サイクルと呼ばれる。
地球の軌道は完全に一定ではない。公転軌道の形はより円に近くなったり楕円に近くなったりし、自転軸の傾きも変化する。また、自転軸そのものの向きも長い時間をかけて揺れ動く。
これらの変化によって、地球全体が受け取る太陽エネルギーの総量が極端に変化するわけではない。しかし、季節や緯度ごとの日射量の分配が変わる。
特に北半球高緯度地域の夏が重要である。夏の日射が弱ければ、冬に積もった雪が完全には融けず、翌年まで残りやすくなる。その状態が長期間続けば雪が蓄積し、やがて巨大な氷床へ成長する可能性が高まる。
逆に夏の日射が強くなれば氷が融けやすくなり、氷床が後退する条件が整う。
しかし軌道変化だけで、大陸規模の氷床変動をすべて説明できるわけではない。地球システム内部の増幅作用が重要だった。
## 小さな変化が巨大な氷床変動へ増幅される
氷床が拡大すると、白い雪や氷の面積が増える。雪や氷は太陽光をよく反射するため、地表が吸収するエネルギーが減る。するとさらに寒冷化し、氷が増えやすくなる。
これは氷雪アルベド・フィードバックと呼ばれる。
大気中の二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスも変動した。氷床コアの研究から、氷期には温室効果ガス濃度が低く、間氷期には高くなる傾向が確認されている。
ただし、「二酸化炭素が最初に変化したから氷期が始まった」あるいは「軌道変化だけが原因だった」という単純な図式では捉えにくい。軌道による日射変化、氷床、海洋循環、炭素循環、温室効果ガスなどが相互作用し、変化を増幅したと考えられている。
海洋も巨大な役割を持つ。海は大量の熱と炭素を蓄え、海流によってそれらを地球規模で運ぶ。氷床の拡大や融解は海水の塩分や密度にも影響するため、海洋循環と気候の間には複雑なフィードバックが成立する。
第四紀の気候変動とは、一つの「スイッチ」が地球を寒冷化させたり温暖化させたりした現象ではない。複数の要素を持つ地球システム全体が周期的な外部変化に応答した結果なのである。
## 氷期の周期そのものも変化した
第四紀を通じて、氷期サイクルの性質は一定ではなかった。
第四紀前半では、およそ4万年規模の周期が比較的目立っていた。これは地球の自転軸の傾きの変化と近い周期である。
ところが約120万〜70万年前ごろにかけて、氷期サイクルは次第に長期化し、後期にはおよそ10万年規模の大きな変動が目立つようになった。この変化は「中期更新世移行」と呼ばれる。
なぜ周期が変わったのかは完全には解明されていない。
大気中の二酸化炭素、氷床の厚さ、氷床下の地形や堆積物、海洋循環など、地球システム内部の状態変化が関係した可能性が研究されている。しかし、単独の原因で説明できるという合意には至っていない。
このこと自体が第四紀の重要な特徴を示している。地球の気候システムは、同じ軌道変化に対して常に同じように反応するわけではない。地球内部の状態が変われば、外部からの周期的な刺激への応答も変わり得るのである。
## 氷床が増えると海が大きく後退した
氷期の影響は高緯度地域だけにとどまらなかった。
氷床が成長すると、大量の水が陸上に氷として固定される。その結果、世界の海面は低下する。最終氷期最盛期には、海面は現在より100メートル以上低かったと推定されている。
現在は海に隔てられている場所の一部が陸続きになり、大陸棚が広大な平原として露出した。
この変化は生物の移動経路を大きく変えた。
たとえばベーリング海峡周辺では、海面低下によってアジアと北米の間にベーリンジアと呼ばれる陸地が広がった時期がある。そこを通じて多くの動物が大陸間を移動し、人類のアメリカ大陸への拡散にも関係したと考えられている。
一方、間氷期に氷床が融けて海面が上昇すると、こうした陸橋は水没する。集団は分断され、島や大陸に隔離される。
つまり第四紀には、同じ地域がある時代には生物の移動経路となり、別の時代には移動を妨げる障壁になった。
## 森林と草原も大きく移動した
氷期には、氷河に覆われていない地域でも環境が大きく変化した。
気温が低下すると森林帯は低緯度方向や低標高地域へ移動する。地域によっては乾燥化も進み、森林が縮小して草原やステップ、ツンドラに近い環境が広がった。
間氷期になると森林が再び高緯度へ拡大した。
植物が移動すれば、それを食べる動物も移動する。草食動物が移動すれば捕食者も影響を受ける。そのため気候変動は、生物一種ずつを独立して動かしたのではなく、生態系そのものの配置を組み替えた。
ただし、現在見られる植物群落がそのまま南北へ往復したわけではない。花粉化石などの研究から、種ごとに移動速度や環境への反応が異なり、現在とは異なる組み合わせの植生が成立していた場合もあることが分かっている。
第四紀の気候変動は、生物群集を何度も分解し、別の組み合わせで再構成する作用を持っていたのである。
## 氷期は進化を「起こす装置」ではない
氷期サイクルは進化にも影響したが、「寒冷化したから新種が生まれた」という単純な因果関係にはできない。
気候変動によって生息地が分断されれば、それまで交流していた個体群が別々の地域に隔離されることがある。長期間にわたって遺伝的交流が失われれば、異なる系統へ分化する可能性が生じる。
逆に温暖化によって生息域が再び接続されれば、以前分断されていた集団が接触することもある。
このような分断と再接続が第四紀には何度も繰り返された。
しかし種分化が必ず起きるわけではない。絶滅する集団もあれば、広い環境に適応して分布を維持する集団もある。異なる集団同士が再び交雑することもある。
氷期サイクルは進化の方向を決めたというより、生物が移動し、隔離され、再接触する地理的条件を絶えず変化させたと考える方が適切である。
## 大型動物の世界とその終わり
更新世にはマンモス、ケサイ、大型のシカ類、巨大なナマケモノ類など、現在では絶滅した多くの大型哺乳類が存在した。
寒冷な草原やステップに適応した動物にとって、氷期に広がった環境は大規模な生息地になった。
ところが更新世末から完新世初頭にかけて、世界各地で大型動物の多くが絶滅した。
この絶滅を単純に「氷期が終わったから」と説明することはできない。急速な気候変動や植生変化に加え、人類による狩猟や生態系への影響が関係した可能性が高い。どの要因がどの程度重要だったかは地域や動物群によって異なり、現在も研究が続いている。
重要なのは、氷期から間氷期への移行そのものが生命史の転換点になった一方で、人類という新しい強い生態学的要因が同じ時期に世界各地へ拡大していたことである。
第四紀末の絶滅は、気候と人類活動を完全に切り離して考えることが難しい出来事なのである。
## 人類も氷期サイクルの中で進化した
第四紀は人類史の主要部分と重なる。
ヒト属は第四紀以前に出現していたが、その後の進化と世界への拡散は、繰り返す気候変動の中で進んだ。
アフリカ内部でも気候は一定ではなく、森林、草原、湖沼などの分布が変化した。ユーラシアへ進出した人類集団は、さらに厳しい寒冷化と温暖化の影響を受けた。
ネアンデルタール人やデニソワ人、現生人類など複数の人類集団が同時期に存在し、移動し、接触したことも分かっている。
したがって、人類進化を「寒冷化への適応」という一本の物語にまとめることはできない。変動する環境の中で集団が分断され、移動し、絶滅し、ときに別系統と交雑するという複雑な歴史だった。
海面変化も人類の移動可能性を変えた。陸橋の形成と消失、砂漠や森林の拡大・縮小などが、各地域への進出経路を開いたり閉じたりした。
人類もまた、第四紀の地球システムの外側にいたのではなく、その変動の中で形成された生物の一系統だった。
## 現在は氷河時代の「間氷期」にいる
約1万1700年前に更新世が終わり、現在の完新世が始まった。
完新世は比較的温暖な間氷期である。しかし、それは第四紀の氷河時代そのものが終了したことを意味しない。現在も南極とグリーンランドには巨大な氷床が残っているため、地質学的な意味では私たちは依然として氷河時代の中にいる。
自然条件だけを考えれば、地球の軌道変化は今後も続く。
ただし現在の気候を、過去の氷期サイクルの単純な延長として考えることはできない。人間活動による温室効果ガス濃度の上昇が、自然の軌道要因とは異なる方向と速度で気候へ影響しているためである。
過去の氷期サイクルは、地球の気候が小さな外部変化と内部フィードバックによって大規模に変化し得ることを示している。同時に、その変化が海面、生息地、生物分布、進化、絶滅まで連鎖していくことも示している。
第四紀の生命史を理解するうえで重要なのは、氷河そのものだけを見ることではない。
軌道変化から始まった小さな日射条件の違いが、氷床、大気、海洋、炭素循環を通じて増幅され、大陸と海岸線を変え、生態系を移動させ、生物集団を分断し、さらに人類の移動にも影響した。
第四紀の氷期サイクルとは、気候変動の歴史であると同時に、変わり続ける地球の上で生命がどのように生き残り、移動し、分化し、絶滅してきたのかを示す生命史でもある。