植物はどう陸へ進出したのか
## 陸上は、植物にとって過酷な環境だった
現在の地球では、森林や草原が大陸の広い範囲を覆っている。しかし生命史の大部分を通じて、陸上は植物に満ちた世界ではなかった。植物の祖先につながる光合成生物は水中で進化し、陸上への進出には、水中とは異なる多くの問題を克服する必要があった。
水中では、体は周囲の水に支えられる。水分を失う危険も比較的小さく、精子などの生殖細胞を水中で移動させることもできる。一方、陸上では乾燥、紫外線、温度変化、重力などに直接さらされる。水や無機栄養をどのように取り込み、体内で運ぶかという問題も生じる。
したがって、植物の陸上進出は、ある植物が突然海や湖から陸へ上がったという出来事ではない。水辺に生息していた祖先集団の中で、陸上生活に役立つ性質が段階的に蓄積し、それらが組み合わされることで新しい生態系が形成されていった過程として考える必要がある。
## 出発点は淡水性の緑色植物に近かった
陸上植物は緑色植物の一系統から進化した。現生生物の比較や分子系統学からは、陸上植物にもっとも近い祖先系統は、淡水環境などに暮らすストレプト植物の藻類に含まれていたと考えられている。
これは重要な点である。植物の陸上進出は、外洋から乾いた大陸へ一気に移動したわけではない可能性が高い。浅い淡水域、湿地、水際、周期的に乾燥する場所など、水中と陸上の中間的な環境が移行の舞台になったと考えられる。
こうした場所では、水位の変化によって一時的な乾燥を経験することがある。強い光や紫外線への曝露も水中より大きい。そのため、陸上植物が出現する以前から、乾燥への耐性や細胞を保護する仕組みなど、後の陸上生活に利用できる性質の一部が祖先系統に存在していた可能性がある。
進化では、新しい環境に移った後ですべての仕組みがゼロから生まれるとは限らない。別の状況で成立していた性質が、新しい環境で別の役割を果たすことがある。植物の陸上進出も、そのような既存の性質の組み替えを含む過程だったとみられている。
## 最大の問題は「乾かないこと」だった
陸上に出た植物にとって、とくに大きな問題の一つが水分の保持だった。
植物の細胞が正常に働くためには水が必要である。しかし空気中では、体表から水が蒸発していく。陸上植物では、体表を覆うクチクラなどが水分の過剰な損失を抑える働きを持つようになった。
ただし、水を逃がさないように表面を密閉すれば、それだけで問題が解決するわけではない。光合成には二酸化炭素を取り込む必要があるからだ。後の陸上植物では、気孔によってガス交換と水分損失の調節を行う仕組みが発達した。
つまり植物は、単純に乾燥を防いだのではなく、「水を保持しながら外界と物質を交換する」という相反する要求に対応していったのである。
初期の陸上植物すべてが現代の維管束植物と同じ構造を備えていたわけではない。コケ植物に見られるような小型で水分に強く依存する生活様式も、陸上で十分に成立する戦略である。陸上植物の進化を、単純な「原始的な植物から高度な植物へ」という一本道として捉えることはできない。
## 生殖も水中とは違う仕組みが必要になった
陸上化では、生殖方法の変化も重要だった。
水中の藻類であれば、配偶子や受精に関係する細胞が周囲の水を利用できる。しかし陸上では、乾燥から生殖細胞や胚を守らなければならない。
陸上植物では、受精後の胚を親植物の組織内で一定期間保護するという特徴が成立した。陸上植物が「有胚植物」と呼ばれるのはこのためである。胞子にも、乾燥や外部環境から内部を守る丈夫な壁が形成される。
これらの特徴は、陸上という不安定な環境で次世代を残すうえで大きな意味を持ったと考えられる。
ただし初期の陸上植物では、受精そのものには依然として水が必要だった。現在のコケ植物やシダ植物でも、精子が卵へ移動するために水を必要とする種類が多い。種子植物で花粉が精細胞を運ぶ仕組みが成立し、受精に自由な水を必要としなくなるのは、さらに後の進化である。
陸上進出は一度に完成した適応ではなく、水への依存をさまざまな段階で減らしていく長い変化だった。
## 地下では菌類との関係が重要だった可能性がある
陸上生活では、水分だけでなく栄養の獲得も問題になる。
水中では溶けた物質を体表から取り込める場合が多い。しかし陸上では、リンや窒素などの必要な元素を土壌や岩石から得なければならない。初期の陸上植物には、現代の維管束植物のように発達した根がまだ存在しなかった。
そこで重要だった可能性があるのが菌類との共生である。
現在も多くの植物は菌根菌と共生し、植物が光合成で得た炭素化合物を菌類へ与える一方、菌類から水や無機栄養を受け取っている。化石や現生植物の比較から、こうした植物と菌類の関係は非常に古く、初期の陸上植物の栄養獲得にも関与していた可能性が高い。
ただし、最初の陸上植物がどの程度菌類に依存していたのか、陸上進出のどの段階で共生関係が成立したのかについては、なお研究が続いている。
植物だけを見ても、陸上化の全体像は理解できない。微生物や菌類を含む生物間関係も、新しい陸上生態系を成立させる一部だったと考えられる。
## 小さな植物から、立体的な植生へ
初期の陸上植物は、現代の樹木のような巨大な体を持っていたわけではない。初期段階では地表近くに広がる小型の植物が中心だったと考えられている。
その後、維管束組織が発達すると状況が変わった。
道管や仮道管などによって水を体内で運べるようになると、植物は地面から離れた位置にも組織を維持しやすくなる。同時に、リグニンなどによって体を支持する能力も高まり、植物はより高く成長できるようになった。
地下では根が発達し、水や栄養をより広い範囲から集めることが可能になった。地上では葉が発達し、光を受ける面積を拡大できるようになった。
こうして陸上植物は、地表に張り付くような小さな生物から、地下と地上に広がる立体的な生物へと多様化していった。
高さをめぐる競争も生じたと考えられる。周囲より高く伸びれば光を得やすくなるためである。植物が大きくなるほど、さらに効率的な水輸送や支持構造が必要になる。このような生物同士の相互作用も、植物の体制を変える選択圧の一つになった。
## 植物の進出は大陸そのものを変えた
植物の陸上進出が重要なのは、植物が新しい場所へ分布を広げただけではないからである。植物は陸上環境そのものを変える存在になった。
根や地下器官は岩石の割れ目に入り込み、物理的な風化を促す。植物や共生微生物がつくる化学物質も鉱物の変質に関与する。その結果、岩石から生物が利用できる元素が放出されやすくなる。
植物遺体や微生物由来の有機物が蓄積すれば、地表には有機物を含む土壌が形成されていく。土壌はさらに水分を保持し、別の植物や微生物が暮らしやすい環境をつくる。
つまり、植物が陸上環境に適応しただけでなく、植物自身が次の生物にとって暮らしやすい陸上環境をつくっていった。
この変化は河川や堆積物の動きにも影響したと考えられている。植生と根系によって地表が安定すると、侵食や土砂の移動の仕方も変化する。地球表面の景観そのものが、生物活動の影響を強く受けるようになったのである。
## 炭素循環と気候にも影響した
陸上植物の拡大は、地球規模の炭素循環にも関係した。
植物は光合成によって大気中の二酸化炭素を有機物へ固定する。また、植物や土壌生物が岩石の風化を促進すると、長い時間スケールでは大気中の二酸化炭素を減らす方向に働く場合がある。
そのため、古生代に進んだ陸上植生の拡大は、大気組成や気候変化に影響した要因の一つと考えられている。
ただし、地質時代の二酸化炭素濃度や気候は、火山活動、大陸配置、海洋循環、岩石の風化、生物による炭素固定など多くの要因によって決まる。植物の陸上化だけを特定の寒冷化や大気変化の唯一の原因とみなすことはできない。
重要なのは、生命が地球環境の受動的な住人ではなくなったということである。陸上植物が広がるにつれて、生物活動そのものが大気、土壌、河川、岩石の循環に組み込まれていった。
## 植物がつくった陸上生態系
植物の進出は、他の生物の陸上化にも大きな意味を持った。
植物は光合成によって有機物を生産する。植物が存在すれば、それを食べる動物が生活でき、それらを捕食する動物も成立する。枯れた植物を分解する菌類や微生物も増える。
さらに植生は、湿度、温度、日陰、土壌構造などを変化させる。単純な岩石表面だった場所に、落ち葉、土壌、地下空間、植物体表面など、多数の新しい生息場所が形成される。
植物が陸へ進出した結果、陸上には単に「植物が加わった」のではない。生産者、分解者、植食者、捕食者を含む複雑な食物網が成立するための基盤がつくられたのである。
後に森林が形成されると、生態系はさらに立体化した。地表、林床、幹、樹冠、地下といった異なる環境が生まれ、それぞれを利用する生物が多様化していった。
## 陸上進出は、植物と地球が互いを変えた転換だった
植物の陸上進出を一つの発明だけで説明することはできない。
乾燥に耐える仕組み、胚や胞子の保護、水と栄養の獲得、菌類との共生、維管束による輸送、支持組織、根や葉の発達など、異なる時期に成立した複数の特徴が陸上生活を支えた。さらに、淡水域や湿潤な地表といった移行環境が、その進化を可能にする前提になったと考えられる。
そして植物が陸上に定着すると、今度は植物自身が地球を変え始めた。岩石の風化が変わり、土壌が形成され、炭素循環が変化し、動物や菌類が利用できる生息場所とエネルギー源が増えていった。
植物の陸上化とは、水中の生物が新しい場所へ移っただけの出来事ではない。それは、大陸を生命圏の主要な舞台へ変えていく長い転換の始まりだった。