系統樹は何を示すのか
## 系統樹は「進化の順番表」ではない
生物の進化を説明するとき、しばしば枝分かれした図が使われる。これが系統樹である。人類、哺乳類、鳥類、魚類、植物など、さまざまな生物群の関係を表すために使われるが、その読み方には注意が必要だ。
系統樹が基本的に示しているのは、**生物どうしがどのような共通祖先を通じて結びついているか**である。どの生物が「上等」なのか、どの生物が「進化している」のかを順位づけする図ではない。
たとえば、人間とチンパンジーを並べた系統樹を見て、「チンパンジーが人間へ進化した」と考えるのは誤りである。人間とチンパンジーの系統は、過去に存在した共通祖先から分岐し、その後それぞれ独自の進化を続けてきた。
現在生きているチンパンジーは人間の祖先ではない。人間もまた、現在のチンパンジーより「先へ進んだ生物」ではないのである。
## 枝分かれが示すのは共通祖先との関係
系統樹を見るうえで最も重要なのが「分岐点」である。通常、この分岐点は、そこから伸びる複数の系統が共有していた共通祖先を表す。
たとえば、鳥類とワニ類は、現生の脊椎動物のなかでは比較的近い系統関係にある。両者は主竜類と呼ばれる大きな系統に属し、さらに過去へさかのぼれば共通祖先へ行き着く。
もちろん、その共通祖先が現在の鳥やワニそのものだったわけではない。共通祖先から枝分かれした後、それぞれの系統で長い進化が進んだ結果として現在の鳥類とワニ類が存在している。
この考え方を広げれば、哺乳類と鳥類にも共通祖先が存在し、動物と植物にもさらに古い共通祖先が存在する。地球上の生命の系統関係を十分に過去までたどれば、現在では大きく異なる生物どうしも、生命史のどこかでつながっている。
系統樹とは、そのつながりを枝分かれとして表現した図なのである。
## 枝の先にある生物はすべて「現代の生物」
系統樹について生じやすい誤解の一つが、「下にいる生物ほど原始的で、上にいる生物ほど進化している」という見方である。
しかし、一般的な系統樹では、枝の上下や左右そのものに進化上の優劣はない。図は回転させても系統関係が変わらない場合が多い。
たとえば、ある図で魚類が下、人間が上に描かれていたとしても、それは魚から人間へ向かう一本道を意味しない。
そもそも「魚類」という言葉でまとめられる生物にも非常に多くの系統があり、それぞれが現在まで独自の進化を続けてきた。サメもシーラカンスもマグロも、人間と同じ現在を生きている生物である。
ある系統が古くに分岐したからといって、その生物が進化を止めたわけではない。
約4億年前に別れた二つの系統が現在まで残っているなら、その両方が約4億年にわたる生命史を経験してきたことになる。変化の大きさや方向は異なっていても、一方だけが「進化していない」と考えることはできない。
## 人類は系統樹の頂点ではない
生命進化を説明する古い図には、単純な生物から複雑な生物へ進み、最後に人間へ到達するような表現が見られることがある。
しかし、現代の進化生物学における系統樹の考え方とは合わない。
人類は生命史の最終目的として現れたわけではない。霊長類の一系統から分岐してきた多数の系統のうち、現在まで残った一つの系統にすぎない。
人類の祖先をたどれば、哺乳類、四肢動物、脊椎動物、さらにそれ以前の生物へと続いていく。しかし、それは生命が最初から人間を作ろうとしていたことを意味しない。
進化には未来を見通した計画がない。
ある時代の環境のもとで生存や繁殖に関係した特徴が世代を重ねて広がり、集団が分かれ、絶滅が起こる。その積み重ねの結果として、現在見られる系統が残っている。
もし過去の環境変化や大量絶滅の結果が異なっていれば、その後の生命史も異なっていた可能性がある。
## 絶滅した枝を加えると生命史の姿が変わる
現在生きている生物だけを系統樹に並べると、生命史を誤解しやすい。
たとえば、爬虫類と鳥類だけを見れば、両者が大きく異なる動物のように感じられる。しかし化石記録を加えると、鳥類へつながる恐竜類のさまざまな系統が存在していたことが分かる。
鳥類は恐竜とは別に突然現れたのではなく、獣脚類恐竜の一系統から進化した。その一方で、鳥類につながらなかった恐竜の系統も多数存在し、その多くは絶滅した。
つまり、実際の生命史は「祖先から子孫へ一直線につながる梯子」ではない。
枝分かれした系統の大部分が途中で途絶え、一部だけが現在まで残った巨大な樹木に近い。
人類の系統でも同じである。過去には複数の人類系統が存在しており、現生人類だけが最初から唯一の道として続いてきたわけではない。
系統樹に化石生物を加えることは、現在の生物を進化の必然的な結果とみなす誤解を避けるうえでも重要である。
## 系統樹と地質時代を組み合わせる
系統樹そのものは、必ずしも時間の長さを正確に表しているとは限らない。
図によっては、枝の長さが単に見やすさのために調整されている。別の種類の系統樹では、枝の長さが時間や遺伝的変化の量を表すこともある。そのため、何を表現した図なのかを確認する必要がある。
年代情報を組み込んだ系統樹を見ると、生命史と地球環境の変化を結びつけて考えやすくなる。
たとえば、四肢動物の系統が水中生活をする脊椎動物から分岐していく過程は、デボン紀の陸上環境の変化と切り離して考えることができない。その後、羊膜をもつ動物の系統が広がったことは、繁殖を水辺だけに強く依存しない生活様式と関係している。
さらに中生代には恐竜、ワニにつながる系統、哺乳類につながる系統などがそれぞれ異なる歴史をたどった。白亜紀末の大量絶滅では多くの系統が失われ、その後の生態系では哺乳類や鳥類の多様化が進んだ。
ここでも重要なのは、「大量絶滅が哺乳類を発展させるために起きた」と考えないことである。
絶滅は目的をもつ出来事ではない。環境変化によって生態系が大きく再編され、生き残った系統がその後利用できる生態的な空間を広げた結果として、新たな多様化が生じたと考えるべきである。
## 似ていることと近縁であることは同じではない
系統樹は、生物の外見だけでは分かりにくい関係を明らかにする。
たとえば、クジラは魚のような流線形の体をもち、完全に水中で生活している。しかし系統的には哺乳類であり、その祖先は陸上生活をしていた哺乳類だった。
魚とクジラの体形が似ているのは、両者が近縁だからではない。水中を効率よく移動するという似た環境条件のもとで、異なる系統に似た形態が進化した結果と考えられる。このような現象は収斂進化と呼ばれる。
反対に、見た目が大きく異なっていても近縁な場合がある。
鳥とワニは現在の姿だけを比べれば大きく異なるが、系統的にはともに主竜類に含まれる。一方、トカゲは同じ「爬虫類」としてまとめられることがあるものの、鳥とワニの組み合わせより系統的には遠い。
このように、日常的な分類と進化上の系統関係は必ずしも一致しない。
## 系統樹そのものも研究によって変わる
系統樹は、生命史を直接撮影した写真ではない。
化石の形態、現生生物の体の構造、DNAやタンパク質の配列など、利用できる証拠から過去の系統関係を推定した仮説である。
新しい化石が発見されたり、より多くの遺伝情報が解析されたりすれば、系統関係の推定が変わることもある。
特に非常に古い時代の生物や、形態情報が限られている化石生物では、どの系統に位置づけるべきか議論が続いている例も少なくない。
そのため、系統樹を見るときには、「生命史はこの形だったと完全に確定した」と考えるより、「現在得られている証拠を最もよく説明する関係が示されている」と理解するほうが適切である。
## 生命史は梯子ではなく、枝分かれする歴史である
系統樹が教えてくれる最も重要なことは、生命進化が単純な上昇の歴史ではないということである。
生命は「原始的な生物から高等な生物へ」「魚から両生類へ、爬虫類へ、哺乳類へ、最後に人間へ」と一列に進んできたわけではない。
実際には、共通祖先から多数の系統が分岐し、その一部がさらに枝分かれし、多くが絶滅し、一部が現在まで残っている。
そこには唯一の進行方向も、予定された到着点もない。
現在の細菌、植物、昆虫、魚類、鳥類、哺乳類は、進化の異なる段階に並んでいるのではなく、それぞれが長い生命史の先端に存在している。
系統樹を正しく読むことは、単に生物の分類を覚えるためだけではない。現在の生命世界を「完成された結果」として見るのではなく、地球環境の変化、分岐、適応、偶然、絶滅が積み重なった歴史として理解するための基本的な視点なのである。