光合成は地球をどう変えたか

## 光合成は、生命だけでなく地球そのものを変えた 現在の地球では、植物や藻類が光を受けて有機物をつくり、酸素を放出する光景はごく普通のものに見える。しかし地球生命史の長い時間尺度で見ると、酸素を生み出す光合成の成立と拡大は、生命が地球環境そのものを大きく変えた出来事の一つだった。 ただし、光合成が誕生した瞬間に大気が酸素で満たされたわけではない。また、「光合成が現れたから複雑な生命が誕生した」という単純な一直線の歴史でもない。初期の海洋や大気の化学状態、生物による酸素生産、岩石や火山ガスとの反応、炭素循環など、複数の要因が長い時間をかけて組み合わさった結果として地球環境は変化した。 光合成による変化を理解するには、まず酸素がほとんど存在しなかった地球から考える必要がある。 ## 酸素の少ない地球で生命は始まった 生命が出現した初期の地球には、現在のような酸素に富んだ大気はなかったと考えられている。最初期の生物は、酸素を必要としない代謝によってエネルギーを得ていた可能性が高い。 そのような世界でも、生命には外部からエネルギーを取り込む仕組みが必要だった。化学反応からエネルギーを得る生物だけでなく、やがて太陽光を利用する生物も現れた。 「光合成」と呼ばれる代謝は一種類ではない。初期の光合成生物の中には、水ではなく硫化水素などを電子供与体として利用し、酸素を放出しないものがいたと考えられている。現在でも、酸素を発生させない光合成を行う細菌が存在する。 地球環境を決定的に変えることになったのは、水を利用して光エネルギーを取り込み、副産物として酸素を生じる「酸素発生型光合成」だった。 ## 水を使う光合成が新しい物質を大量に生み出した 酸素発生型光合成を行う生物として重要なのがシアノバクテリアである。その起源の年代には研究上の議論が残るものの、非常に古い時代から酸素発生型光合成が行われていたことを示す地質学的・生物学的証拠が検討されている。 この代謝では、光のエネルギーを使って二酸化炭素から有機物を合成し、その過程で水から得られた酸素が環境中へ放出される。 ここで重要なのは、酸素が生物にとって「地球を住みやすくするため」に生産されたわけではないことである。進化に将来の目標があったわけではなく、酸素は光合成という代謝の結果として生じた。 そして当時の地球にとって、反応性の高い酸素はむしろ新しく厄介な物質だった。 ## 最初の酸素は大気にたまらなかった 光合成によって酸素が発生し始めても、そのすべてが大気へ蓄積したわけではない。 初期の海には、現在とは異なる化学状態の鉄など、酸素と反応しやすい物質が豊富に存在していた。海中へ放出された酸素は、こうした還元的な物質との反応によって次々と消費された。 その結果、酸素をつくる生物が存在していても、大気中の酸素濃度は長期間にわたって低い状態に保たれた可能性がある。 古い地層に広く見られる縞状鉄鉱層は、この時代の海洋化学を考える重要な手掛かりの一つである。海中の鉄が酸化され、沈殿する過程がその形成に関係したと考えられている。ただし、縞状鉄鉱層の形成機構や地域ごとの条件には複雑な要素があり、単純に「光合成で出た酸素だけによってできた」と説明できるものではない。 つまり、生命が酸素を生み出す速度だけでなく、地球側が酸素をどれほど消費するかも、大気の変化を左右していた。 ## 酸素が大気へ蓄積し始める やがて、酸素の供給と消費のバランスが変化した。およそ24億年前前後には、大気中の酸素が以前より明確に増加したと考えられており、この変化は一般に「大酸化イベント」と呼ばれる。 ただし、大酸化イベントを一度の急激な出来事と考えるのは正確ではない。酸素濃度は時間的にも地域的にも変動しながら上昇したとみられ、その詳しい経過については現在も研究が続いている。 酸素が蓄積できるようになった原因も一つではない。 酸素発生型光合成生物の活動量、海洋や地殻に存在する還元物質、火山から放出されるガス、有機炭素が分解されずに堆積物へ埋没する割合など、地球規模の物質循環が関係したと考えられている。 光合成は重要な出発点だったが、酸素化は生命と地球化学が相互作用した結果だった。 ## 酸素の増加は多くの生物にとって環境危機でもあった 現代の人間にとって酸素は不可欠だが、酸素を利用する仕組みを持たない生物にとっては有害になり得る。酸素やそこから生じる活性酸素は細胞成分を傷つけるためである。 そのため地球の酸素化は、すべての生命に一様な利益をもたらした変化ではなかった。 酸素に弱い生物にとって、生息できる場所が変化したり、酸素の少ない環境へ追いやられたりする原因になった可能性がある。一方で、酸素を処理する仕組みや、酸素を使った代謝を行う生物には新しい生態的可能性が生まれた。 環境が変われば、それまで有利だった性質と不利だった性質の関係も変わる。酸素化は、その典型的な例といえる。 ## 酸素呼吸は利用できるエネルギーを大きく広げた 酸素は強力な電子受容体であり、有機物を酸化してエネルギーを取り出す呼吸に利用できる。 一般に、酸素を利用する呼吸は、発酵などの酸素を使わない一部の代謝と比べて、同じ有機物から多くの利用可能なエネルギーを得られる。この能力は、その後の生命の多様化に重要な意味を持ったと考えられている。 ただし、酸素濃度の上昇だけで複雑な生命が生まれたわけではない。細胞構造の変化、遺伝的仕組み、生態的相互作用、栄養塩の供給、海洋環境なども関係する。 重要なのは、酸素の増加によって、それまで地球上では限られていた高効率なエネルギー利用の可能性が拡大したことである。 ## 光合成は真核生物の中へ取り込まれた 生命史では、光合成そのものも大きな転換を経験した。 現在の植物や多くの藻類が持つ葉緑体は、もともと独立して生活していたシアノバクテリアの仲間が、別の細胞の内部に取り込まれたことに由来すると考えられている。この出来事は一次共生と呼ばれる。 取り込まれた細菌は単に消化されるのではなく、長い進化の過程を経て宿主細胞と不可分な存在となり、光合成を担う細胞小器官へ変化した。 さらに生命史の後の時代には、光合成を行う真核生物そのものが別の真核生物に取り込まれる二次共生なども起こった。 その結果、光合成能力はさまざまな真核生物の系統へ広がり、海洋や陸上の一次生産を支える仕組みへ発展していった。 ## オゾン層の形成も地表環境を変えた 大気中の酸素が増加すると、その一部からオゾンが形成される。 上空に形成されたオゾン層は、太陽から届く紫外線の一部を吸収する。生命が陸上へ進出する以前、強い紫外線は地表で生活する生物にとって大きな制約の一つだったと考えられている。 オゾン層の発達だけで陸上進出が可能になったわけではないが、地表環境をより生物が利用しやすいものへ変える要因の一つになった。 ここでも、生物活動が大気組成を変え、その大気の変化が再び生物の生息可能な環境を変えるという循環が見える。 ## 光合成は炭素循環にも組み込まれた 光合成が地球へ与えた影響は酸素だけではない。 光合成生物は二酸化炭素を取り込み、有機物へ変換する。つくられた有機物の多くは呼吸や分解によって再び二酸化炭素になるが、一部が長期間堆積物へ埋没すれば、炭素は大気・海洋から地質圏へ移される。 この炭素循環は、長期的な大気組成や気候とも関係する。 ただし、古代地球の気候変動を光合成だけで説明することはできない。太陽放射、火山活動、大陸配置、岩石の風化、温室効果ガスなども影響するためである。 生命は地球環境を変える一つの主体になったが、その変化は常に地球内部や大気・海洋の物理化学過程と結び付いていた。 ## 生態系は「酸素を使う世界」へ広がっていった 光合成以前の地球では、生物が利用できるエネルギー源と生息環境は現在とは大きく異なっていた。 酸素発生型光合成の拡大によって、太陽エネルギーを利用した一次生産が酸素循環と結び付き、そこから生じた有機物と酸素を利用する生物が広がった。さらに捕食、共生、分解といった生物間関係が複雑化する中で、生態系全体の構造も変化していった。 その後の大型多細胞生物や動物の多様化にも酸素環境は関係したと考えられているが、どの時代にどの程度の酸素濃度が必要だったのかについては議論が残る。酸素増加と生物多様化の時期が近い場合でも、それだけで直接的な因果関係が証明されるわけではない。 それでも、酸素を利用できる環境が生命の進化可能性を大きく広げたことは、地球生命史を理解する上で重要である。 ## 生命は環境に適応するだけの存在ではない 光合成の歴史が示しているのは、生命が与えられた環境の中で受動的に進化するだけではないということである。 光合成生物は周囲の物質を利用して増殖した。その結果として酸素が放出され、海洋の化学状態が変わり、大気が変わり、新しい代謝が可能になった。変化した環境の中で、今度は別の生物が進化し、生態系の構造も変化した。 つまり、 生命が環境に適応し、 生命活動が環境を変え、 変化した環境が次の進化の条件になる。 この相互作用が何億年、何十億年という時間の中で繰り返されてきた。 光合成は単なる「植物が栄養をつくる仕組み」ではない。海、大気、岩石、気候、生態系を結ぶ地球規模の過程である。 現在、私たちが呼吸する酸素も、地上に広がる森林も、海で大量の有機物を生産する植物プランクトンも、その長い歴史の延長線上に存在している。 光合成の成立は地球を一度に現在の姿へ変えた出来事ではなかった。しかし生命が惑星の環境を変え、その変化によって生命自身の可能性が広がるという、地球生命史を貫く巨大な循環を生み出した転換の一つだった。