石炭紀の世界から何が変わったのか
ペルム紀の特徴は、奇妙な古生物が現れたことだけではない。石炭紀までに形成されつつあった超大陸パンゲアの存在が、陸上の気候、水循環、植生、そして海洋環境までを大きく組み替えていった時代だった。
石炭紀には、赤道付近の湿潤な地域に広大な森林や湿地が発達し、それらが後の石炭層のもとになった。一方、石炭紀後半からペルム紀にかけては、気候や地理条件の変化によって湿潤な森林が縮小・分断される地域が現れた。ただし、地球全体が一様に乾燥したわけではない。緯度や地形によって湿潤な環境も残り、地域差は大きかった。
重要なのは、主要な大陸塊がパンゲアとしてまとまったことである。巨大な大陸では海から遠く離れた内陸部が広がる。海洋による気温や湿度の緩和を受けにくい場所では、乾燥や強い季節変動が生じやすくなる。実際、ペルム紀のパンゲア内部には乾燥・季節性の強い環境が広がっていたことが、地層や古土壌などから示されている。
こうしてペルム紀の陸上世界は、「湿地に強く依存する生態系」から、より多様な水分条件に適応した生態系へと変化していった。
乾燥する陸で変わった植物と脊椎動物
乾燥化は、単に砂漠が増えるという意味ではない。植物の分布が変われば、それを食べる動物が変わり、その動物を捕食する動物も変わる。気候変化は食物網全体に波及する。
石炭紀に繁栄した湿地性の植物群がすべて消えたわけではないが、ペルム紀には裸子植物を含む種子植物が重要性を増した。種子による繁殖は、繁殖過程を水環境に強く依存する植物とは異なる利点を持つ。植物相の変化は、乾燥化だけでなく、緯度、地形、大陸移動など複数の条件によって進んだと考える必要がある。
動物では、羊膜類の拡大が目立つ。羊膜類は、現在の爬虫類・鳥類・哺乳類へつながる大きな系統を含む。水中に卵を産まなければ繁殖できない多くの両生類とは異なり、陸上での繁殖に適した仕組みを備えたことは、乾燥しやすい環境を利用するうえで重要だった。
そのなかでもペルム紀の陸上生態系で大きな存在となったのが、哺乳類へ続く系統に属する単弓類である。
「恐竜以前」の陸上生態系
初期のペルム紀には、ディメトロドンなどを含む古いタイプの単弓類が繁栄した。ディメトロドンは恐竜のように紹介されることがあるが、恐竜ではなく、系統的には哺乳類側につながる単弓類である。
その後、単弓類のなかでは獣弓類が重要になっていく。中期から後期のペルム紀には、植物食者から大型捕食者までさまざまな獣弓類が現れた。
これは単に「新しい種類の動物が増えた」というだけではない。植物を食べる大型脊椎動物が増え、それを捕らえる捕食者が存在し、異なる食物資源を利用する動物が共存することで、陸上の食物網そのものが複雑化していった。研究からは、ペルム紀の単弓類捕食者で食性や捕食様式の分化が進んだことも示されている。
このためペルム紀は、後の中生代や新生代にも通じる「大型植物食脊椎動物と大型捕食者からなる陸上生態系」が発達していく重要な段階と見ることができる。
ただし、それを現代的な生態系への一直線の進歩と考えるべきではない。ペルム紀には現在残っていない系統も多数繁栄しており、当時の生態系は独自の進化の結果として成立していた。
海では古生代型の生態系が繁栄していた
陸地がパンゲアへまとまる一方、その外側には巨大なパンサラッサ海が広がり、パンゲア東側にはテチス海につながる海域が存在した。
ペルム紀の海には、腕足類、巻貝類、アンモナイト類を含む頭足類、ウミユリ類など、多様な無脊椎動物が暮らしていた。
これらは、後の中生代の海とはかなり異なる組み合わせである。現在の海で目立つ分類群だけを基準にすると、ペルム紀の海の姿をつかみにくい。ペルム紀末までの海には、古生代を通じて発達してきた生物群がなお大きな位置を占めていた。
一方で、海洋環境も一定ではなかった。大陸配置、海水準、海流、気候の変化によって、浅海から外洋まで異なる環境が存在した。パンゲアが形成されたからといって、すべての海が同じ状態になったわけではない。
ここで重要なのは、陸と海を別々の世界として考えないことである。
パンゲアは陸と海の物質循環も変えた
大陸では雨が岩石を風化させ、河川が土砂や栄養塩を海へ運ぶ。植物は二酸化炭素を取り込み、土壌には有機物が蓄積する。海では植物プランクトンなどが炭素循環に関わり、海底への有機物沈降も起こる。
そのため、大陸配置や気候が変われば、その影響は陸上だけにとどまらない。
パンゲア形成に伴う山脈形成、大陸内部の乾燥化、降水分布の変化、風化や侵食の変化は、河川から海へ運ばれる物質の量や場所にも影響したと考えられる。逆に海洋循環や海面変化は、沿岸の生息地や大陸周辺の気候に影響する。
ただし、ペルム紀全体の環境変化を「パンゲアができたから乾燥し、海まで悪化した」という一本の因果関係で説明することはできない。ペルム紀は数千万年に及ぶ長い時代であり、その間には氷床の変化、火山活動、大陸移動、海水準変化など複数の要因が重なっている。
陸と海が地球システムを介して結び付いていたことは確かでも、それぞれの変化がどの程度直接的につながっていたのかは、地域や時期によって異なる。
ペルム紀末、陸と海の両方で危機が起こった
こうして長い時間をかけて形成された陸と海の生態系は、ペルム紀の終わりに極めて大きな危機を迎える。
現在、有力視されている大きな要因が、シベリア・トラップと呼ばれる大規模火成活動である。大量のマグマ活動に伴う二酸化炭素などの放出によって炭素循環が大きく乱れ、急激な温暖化を引き起こしたことが、ペルム紀末の大量絶滅と強く結び付けられている。
海では、高温化によって海水に溶け込める酸素量が減ることに加え、海洋循環や生物地球化学的循環の変化が重なり、広い範囲で低酸素・無酸素環境が発達したと考えられている。海洋酸性化も絶滅要因として提案されているが、その規模や影響については議論が続いており、すべての海域で一様に深刻な酸性化が起きたと断定することはできない。
陸上でも温暖化、乾燥、水循環の変化、火山由来物質などによる強い環境ストレスが生じたと考えられる。近年の研究では、地域によっては海洋の主要な絶滅より前から陸上生態系に異変が現れていた可能性も示されている。
一方、植物については注意が必要である。ペルム紀末に森林生態系が大きく変化した証拠はあるが、「海洋動物と同じように植物そのものが世界規模で一斉に大量絶滅した」とする見方には異論がある。植物化石記録の偏りを考慮すると、分類群の消失よりも植生や生態系構造の崩壊として理解したほうがよい場合もある。
大量絶滅は「次の時代を作るため」に起きたのではない
ペルム紀末の大量絶滅によって、古生代の海を特徴づけていた多くの生物群が大きく衰退し、陸上でもそれまでの食物網が崩れた。
その後の三畳紀には、生き残った系統を中心として新しい生態系が形成されていく。陸上では獣弓類の一部が生き残る一方、主竜類をはじめとする別の系統が後に拡大していく。海でも生物群の構成は大きく変わった。
しかし、大量絶滅を「恐竜や哺乳類を登場させるための出来事」のように見るのは適切ではない。
絶滅に目的はない。環境変化に耐えられなかった多数の系統が失われ、その結果として生態的地位に大きな空白が生じた。その空白を、偶然生き残った系統の子孫が長い時間をかけて利用していったのである。
ペルム紀の重要性は、単に「史上最大級の大量絶滅で終わった時代」であることだけではない。パンゲアという巨大な大陸のもとで気候と水循環が変わり、陸上では植物食者と捕食者を含む複雑な生態系が発達し、海では古生代型の豊かな生物世界が続いていた。そして最後には、火山活動を起点とする炭素循環と気候の急変が陸と海の双方へ波及した。
ペルム紀の陸と海を一緒に見ることで見えてくるのは、生物の進化が生物だけの歴史ではないということだ。大陸、気候、大気、海洋、生物は互いに影響を与え、その関係が変わるたびに、生態系そのものも姿を変えてきたのである。