暁新世の生態系

## 大量絶滅のあとに始まった、生態系の「組み直し」 暁新世の生態系を理解するには、恐竜がいなくなって哺乳類の時代が始まった、と単純に捉えるだけでは足りない。暁新世は、約6600万年前の白亜紀末に起きた大量絶滅によって大きく崩れた生態系が、さまざまな場所で組み直されていった時代だった。 白亜紀末の大量絶滅では、鳥類を除く恐竜だけでなく、海生爬虫類、アンモナイト、多くのプランクトンなどが失われた。陸上でも哺乳類、鳥類、爬虫類、植物の一部が大きな打撃を受けている。したがって暁新世の出発点は、それまでの生態系から大型恐竜だけを取り除いた世界ではない。植物から捕食者まで、生物同士の関係そのものが大幅に変化した世界だった。 絶滅によって空いた生態的地位には、生き残った系統が進出した。ただし、その変化は世界中で同じ速度、同じ形で進んだわけではない。地域や生物群によって回復の速さは異なり、「種数が回復すること」と「以前のように複雑な生態系が戻ること」も同じではなかった。暁新世は、まさにその違いが表れた時代である。 ## 森林の回復が陸上生態系の土台を作った 白亜紀末の衝突直後には、火災や日射量の低下などによって陸上植生が大きな影響を受けたと考えられている。その後、植物群集は回復していったが、それは白亜紀の森林をそのまま復元する過程ではなかった。 たとえば現在の中南米につながる地域の化石記録では、大量絶滅を境に森林構造が大きく変化し、裸子植物などを含む白亜紀型の森林から、被子植物の比重が高い、より閉鎖的で階層性をもつ森林へ移行したことが示されている。こうした変化を世界全体にそのまま当てはめることはできないものの、白亜紀末の絶滅が植物の種類だけでなく、森林の構造にも長期的な影響を残したことを示す重要な例である。 森林が再構築されれば、そこに暮らす動物の生活空間も変化する。木の実や果実、葉、昆虫などの資源が利用できるようになり、樹上、林床、水辺といった異なる環境が形成される。つまり暁新世の陸上動物の多様化は、単に競争相手だった恐竜が消えたから起こったのではなく、植物相と森林構造そのものの変化とも結び付いていた。 被子植物を含む複数の植物系統では、白亜紀末の大量絶滅後に多様化が進んだことが示されている。生態系の回復は、動物だけの物語ではなく、植物と動物が相互に新しい関係を作っていく過程だった。 ## 哺乳類は「恐竜の後継者」ではなく、生き残りから広がった 暁新世を象徴する変化の一つが哺乳類の多様化である。 哺乳類そのものは恐竜絶滅後に突然出現したわけではない。中生代からすでに多様な哺乳類が存在していた。しかし白亜紀末の大量絶滅を生き延びた系統から、暁新世にはさまざまな体格や食性をもつ動物が現れていった。北米の詳細な化石記録では、大量絶滅後の比較的短い期間に哺乳類の体サイズや多様性が増し、植物群集の変化とも対応していたことが報告されている。 初期の暁新世には小型の哺乳類が多かったが、その後はより大型の植物食者、雑食者、捕食者などが現れる。とはいえ、後の始新世や中新世に見られる巨大な陸生哺乳類がすでに完成していたわけではない。暁新世は、現在につながる哺乳類生態系の完成期というより、さまざまな系統が新しく空いた生態的地位を試すように広がっていた段階と見る方が適切である。 また、現在の哺乳類の主要グループがいつ分岐し、いつ生態的に大きく広がったのかについては、化石記録と分子系統解析で推定が一致しない部分もある。白亜紀末の大量絶滅が胎盤類の多様化に重要だったことは広く支持されているが、「大量絶滅の直後に現在の哺乳類の各グループが一斉に誕生した」と考えるのは単純化しすぎである。 ## 鳥類と爬虫類も、新しい世界へ進出した 恐竜類そのものが完全に消滅したわけでもない。鳥類は恐竜の一系統であり、白亜紀末の大量絶滅を生き延びた。 白亜紀には多様な鳥類が存在していたが、それらも大量絶滅で大きな損失を受けた。その後、暁新世には現生鳥類につながる系統が急速に形態的・生態的な多様性を広げたと考えられている。初期暁新世の鳥類化石からも、大量絶滅後の比較的早い段階で現生鳥類系統の多様化が進んでいたことが示されている。 爬虫類も重要だった。白亜紀末にはトカゲやヘビなどにも大きな絶滅が起きたが、ワニ類、カメ類、トカゲ類、ヘビ類などの生き残った系統は新生代にも存続した。 温暖な地域の河川、湖沼、湿地では、こうした爬虫類が生態系の重要な構成員となった。暁新世の陸上世界は「哺乳類だけの時代」に変わったのではなく、哺乳類、鳥類、爬虫類がそれぞれ異なる形で大量絶滅後の空間へ広がった世界だった。 ## 海では「種の回復」と「機能の回復」に時間差があった 大量絶滅後の変化は海でも劇的だった。 白亜紀末には、海洋の一次生産を担っていた微小な生物群にも大きな変化が起こった。特に浮遊性有孔虫や石灰質ナノプランクトンなどは深刻な影響を受け、それに伴って表層で作られた有機物を深海へ運ぶ「生物ポンプ」の働きも変化した。 その後、新しいプランクトン群集が形成され、多様性そのものは回復へ向かった。しかし研究からは、生物の種類が増えることと、大型化、共生関係、炭素循環などを含む生態系機能が回復することには時間差があった可能性が示されている。つまり海は、種数だけを見れば回復していても、白亜紀と同じように働く生態系へすぐ戻ったわけではなかった。 一方で魚類にとっては、大量絶滅後の海が大きな進化的機会になった。微化石を用いた研究では、白亜紀末を境として外洋性魚類の構成が変化し、新生代における魚類の多様化へつながったことが示されている。 陸上で哺乳類や鳥類が新たな生態的地位へ広がったのと同じように、海でも絶滅によって生じた空白を利用して新しい生物群集が形成されていったのである。 ## 温暖化する地球が生態系をさらに変えていった 暁新世の地球は、現在より全体として温暖な温室気候にあった。古第三紀の二酸化炭素濃度と気温の復元研究でも、暁新世から始新世は、後の新生代と比べて大気中の二酸化炭素濃度と気温が高かった時期として位置付けられている。 また、大陸配置も現在とは異なっていた。大陸の移動は海流や大気循環、海陸分布を変化させ、それぞれの地域の気候や生物の移動経路に影響した。大量絶滅後の生態系は、安定した地球環境の上で回復したのではなく、地球そのものが変化し続ける中で再構築されていたのである。 暁新世の終わりには、その関係がさらに極端な形で表れる。 約5600万年前、暁新世と始新世の境界付近で、暁新世―始新世温暖化極大事件(PETM)と呼ばれる急激な温暖化が起きた。大量の炭素が海洋・大気系へ加わったことが主要な原因と考えられているが、その炭素がどの供給源から、どの程度の割合で放出されたのかについては現在も議論が続いている。 この温暖化に伴って植物群集や動物の分布が変化し、陸上哺乳類では大陸間の移動や群集の再編が進んだ。海では特に深海底に生息する有孔虫で大きな絶滅が起こった。 こうして暁新世に形成されてきた生態系は、そのまま安定するのではなく、新たな急激な環境変化によって再び組み替えられ、始新世の生態系へ移行していった。 ## 暁新世が示す「絶滅の後」の生命史 暁新世の重要性は、恐竜がいなくなったことそのものより、その後に何が起きたのかにある。 大量絶滅は、生態系にあらかじめ決められた次の支配者を用意する出来事ではない。どの生物が生き残るか、どの植物群集が形成されるか、気候がどう変化するか、利用可能な生態的地位がどこに生まれるかによって、その後の進化の方向は変わる。 暁新世では、森林が再構築され、哺乳類と鳥類が多様化し、爬虫類の生き残った系統も新しい環境で存続した。海ではプランクトンや魚類を中心に新たな生態系が組み立てられた。そして、それらすべてが温暖な気候、大陸移動、海洋循環、炭素循環と切り離せない形で進んでいた。 その意味で暁新世は、「恐竜の時代」と「哺乳類の時代」の間を埋めるだけの時代ではない。大規模な絶滅によって壊れた生態系から、生き残った系統が新しい関係を作り、それまでとは異なる新生代型の生態系が立ち上がっていく過程そのものを記録した時代なのである。