オルドビス紀の多様化

## 「新しい動物が現れた時代」から「海の生態系が複雑になった時代」へ オルドビス紀の多様化を理解するには、その直前のカンブリア紀と比べる必要がある。 カンブリア紀には、節足動物、腕足動物、軟体動物、棘皮動物など、その後の海で重要になる動物の主要な系統がすでに現れていた。したがってオルドビス紀の変化は、まったく新しい基本設計の動物が次々と誕生したというより、**すでに存在していた系統が多くの種類へ分かれ、異なる環境や生態的地位へ広がったこと**に特徴がある。 この大規模な多様化は、一般に「オルドビス紀生物多様化事変(Great Ordovician Biodiversification Event:GOBE)」と呼ばれる。ただし、世界中で同時に起きた一度きりの事件と考えるのは正確ではない。化石記録を詳しく調べると、多様化の始まる時期や速度は生物群や地域によって異なっており、複数の放散が長い期間にわたって重なった現象として理解されるようになっている。 オルドビス紀はおよそ4億8500万年前から4億4400万年前に相当するが、地質年代の数値は研究によって改訂されることがある。 重要なのは年代の細部よりも、この時期に海の生態系そのものの構造が大きく変化したことである。 ## カンブリア紀の海から何が変わったのか カンブリア紀の多様化によって動物の基本的な系統がそろった後、オルドビス紀にはそれらの系統内部で種類数が増えていった。腕足動物、コケムシ、棘皮動物、軟体動物、三葉虫などさまざまな無脊椎動物が多様化し、海中を漂う、海底表面に暮らす、堆積物の中に潜る、海底に付着して水中の粒子をこし取るといった生活様式も広がっていった。 とくに重要なのが、海底から水中へ向かう生物の「高さ」の利用が増えたことである。 海底に張り付くように生活する生物だけでなく、茎や群体を伸ばして水中のより高い位置で餌を取る生物が増えた。生態学では、このように同じ場所でも異なる高さや深さを使い分けることを「階層化」として捉えることがある。利用できる空間が細分化されれば、一つの海底により多くの生物が共存できる可能性が生まれる。 さらに、サンゴ類やコケムシなどを含む固着性生物が増え、海底にはより立体的な構造が形成されるようになった。生物自身がつくる構造は、別の生物に隠れ場所や付着場所を提供する。多様化した生物が新しい環境をつくり、その環境がさらに別の生物の進出を可能にするという循環が生じた可能性がある。 つまりオルドビス紀の多様化は、単純に「種の数が増えた」という現象ではない。**海の中で利用される空間と生活様式そのものが増えていった変化**だった。 ## 海底だけでなく、水中の世界も変わった オルドビス紀には、海底生物だけでなくプランクトンを中心とする水中の生態系も変化した。 植物プランクトンに相当する微小な一次生産者の多様化が進んだと考えられており、それにともなって、水中を漂う有機物や微小生物を利用する動物にも新しい機会が生まれた可能性がある。植物プランクトンの多様化が動物の放散をどこまで直接促したのかについては議論が続いているが、食物網の構造が複雑化したことはオルドビス紀の重要な特徴の一つである。 海底で懸濁物をこし取る生物が増えれば、水中の粒子が生物体へ取り込まれ、糞や死骸として再び海底へ運ばれる。海底を掘る生物は堆積物をかき混ぜ、酸素や栄養塩の分布にも影響する。 このように考えると、生物の多様化は環境の変化に一方的に従っただけではない。 **環境が生物を変え、生物の活動もまた海底や物質循環を変えていった。** 地球生命史では、この双方向の関係がその後も繰り返し現れる。 ## なぜこれほど多様化したのか オルドビス紀の多様化については多くの原因が提案されてきた。しかし、現在の研究でも単独の原因に決着しているわけではない。 有力な要因の一つが気候の変化である。 カンブリア紀末からオルドビス紀にかけて非常に暖かかった海が長期的に冷却し、生物が生息しやすい温度帯が広がったことが多様化を促したという仮説がある。気候モデルと生物の温度耐性を組み合わせた研究では、海水温の低下によって世界的な海洋生物多様性が増加し得ることが示されている。 もう一つ重要なのが海の広がりである。 当時は現在とは大きく異なる位置に大陸が分散しており、広い浅海域が存在した。浅い大陸棚の海は太陽光が届きやすく、海底と水中の双方に多様な生息場所を形成できる。海岸線や海域が地理的に分断されれば、生物集団が隔離され、別々の進化をたどる機会も増える。 酸素濃度の上昇も長く注目されてきた。動物の活動には酸素が必要なため、海洋の酸素化が進めば大型化や活発な生活が可能になり、多様化を促すという考え方である。 ただし、この点については研究結果が一致していない。 オルドビス紀の主要な多様化期に海洋全体の酸素化が急激に進んだわけではなく、むしろ酸化還元状態が比較的安定していたことが重要だった可能性を示す研究もある。 したがって、「酸素が増えたから生物が増えた」と単純化することはできない。 気温、海面変動、大陸配置、栄養塩、一次生産、酸素環境、そして生物同士の競争や捕食。こうした複数の条件が組み合わさり、互いを強めながら多様化が進んだと考える方が現在の証拠には合っている。 ## 多様化そのものが、さらなる多様化を生んだ 環境条件だけでは、オルドビス紀の変化を十分に説明できない。 ある生物群が多様化すると、それを餌にする生物にも新しい進化の機会が生まれる。捕食者が増えれば、獲物側では殻、防御構造、潜行、逃避などが有利になる場合がある。固着生物が増えれば、その表面を利用する生物や、その隙間に暮らす生物が現れることもできる。 こうして一つの進化が別の進化の条件になる。 生態的地位が増えれば多様な生物が存在できるが、生物が増えること自体も新しい生態的地位を生み出す。オルドビス紀の海では、このような生物間相互作用が以前より複雑になっていったと考えられている。 この視点に立つと、GOBEを「外部環境によって突然起こされた事件」と見る必要はない。 地球環境の変化によって多様化の機会が増え、その機会を利用して生物が広がり、生物同士の相互作用がさらに新しい進化を促す。複数の正のフィードバックが長期間続いた結果として、大規模な多様化が生じた可能性がある。 ## オルドビス紀の多様化が残したもの オルドビス紀を境に、海の生態系はカンブリア紀とはかなり異なる姿になった。 カンブリア紀には動物の主要な体の設計が急速に現れたのに対し、オルドビス紀にはそれらの系統が細かく枝分かれし、海のさまざまな場所へ入り込んだ。研究では、この時期の多様化は顕生代の海洋生物史でもとくに顕著な増加として認識されている。 そして、この時代に成立した生態系はそのまま安定し続けたわけではない。 オルドビス紀末には大規模な氷河化や海面低下などの環境変動と重なって、地球史上でも大きな大量絶滅の一つが起こる。多様化によって広がった生態系の一部は失われ、その後のシルル紀には生き残った系統を基礎として再び生態系が組み直されていく。 その意味で、オルドビス紀の多様化は単なる「繁栄の時代」ではない。 カンブリア紀に登場した動物たちが複雑な生態系をつくり上げ、やがて環境変動によってその構造を大きく組み替えられていく。その途中に位置する転換点である。 生命史を動かしてきたのは、生物だけでも地球環境だけでもない。海の温度や化学状態、大陸と浅海の配置が生物の可能性を変え、生物の多様化が食物網や海底環境を変える。**オルドビス紀の多様化は、生命と地球が互いを変えながら生態系を複雑化させていく過程を、もっともよく示す出来事の一つなのである。**