漸新世の寒冷化

## 温室地球から、氷床をもつ地球へ 漸新世の始まりを特徴づける大きな変化は、単に「気温が下がった」ことではない。始新世まで長く続いていた温暖な地球から、南極大陸に大規模な氷床を抱える地球へと、気候システムそのものが移行した点にある。 始新世の前半には、現在よりはるかに温暖な環境が広がっていた。高緯度地域にも森林が成立し、極域と低緯度地域との温度差は現在より小さかったと考えられている。しかし始新世を通じて長期的な寒冷化が進み、その傾向は始新世と漸新世の境界付近で大きな転換点を迎えた。 約3400万年前になると、海底堆積物に残された酸素同位体比などから、海水温の低下と南極氷床の急速な成長を示す変化が確認される。この出来事は「始新世―漸新世境界」の気候転換として知られ、以後の地球は、極域に恒久的な氷をもつ状態へ近づいていった。 ただし、この転換を一つの原因だけで説明することは難しい。大気中の二酸化炭素濃度の低下、大陸配置の変化、海洋循環、地球軌道の変動などが相互に作用したと考えられている。 ## 寒冷化は突然始まったわけではない 漸新世の寒冷化を理解するうえで重要なのは、その前段階を見ることである。 始新世初期には非常に温暖な気候が存在し、その後、数千万年規模で徐々に地球は冷えていった。したがって南極氷床の形成は、温暖な世界が一夜にして氷の世界へ変わった出来事ではない。長期的に進行していた気候変化が、ある条件を超えたことで氷床の拡大につながったと見る方が適切である。 有力な要因の一つが、大気中の二酸化炭素濃度の低下である。二酸化炭素は温室効果をもつため、その減少は地球全体を寒冷化させる方向に働く。 なぜ二酸化炭素が減少したのかについては、複数の過程が考えられている。岩石の風化による二酸化炭素消費、有機炭素の堆積、火山活動からの二酸化炭素供給量の変化などである。どの過程がどの程度重要だったかについては研究が続いており、単純に一つの原因へ還元することはできない。 重要なのは、二酸化炭素濃度が低下するにつれて南極で冬に積もった雪が夏にも融け残りやすくなり、氷が年々蓄積できる環境が整ったことである。 ## 南極氷床がつくった新しい地球環境 南極大陸に大規模な氷床が成立すると、その影響は南極だけにとどまらない。 陸上に水が氷として蓄えられるため、海水の量が減り、世界的な海面低下が起こる。海岸線の位置が変化し、浅海の面積も変わるため、沿岸や大陸棚に生息する生物にとっては生息場所そのものが再編されることになる。 さらに、氷には太陽光を強く反射する性質がある。氷床が拡大すると地表が吸収する太陽エネルギーが減少し、さらに寒冷化しやすくなる。この「氷―アルベド・フィードバック」によって、一度成長し始めた氷床が気候変化を増幅した可能性がある。 同時に、低緯度と高緯度の温度差も大きくなった。始新世の比較的均一で温暖な世界から、赤道付近は暖かく極域は寒いという、現代に近い緯度方向の気候差が強まっていったのである。 この変化は大気循環や海洋循環にも影響したと考えられている。つまり漸新世の寒冷化は、単なる平均気温の低下ではなく、地球上の熱がどのように運ばれるかという仕組みの変化でもあった。 ## 大陸移動と海洋循環はどこまで重要だったのか この時期には南極大陸周辺の地理も変化していた。 南極はすでに他の大陸から離れつつあり、オーストラリアとの間や南アメリカとの間には海が広がっていった。こうした海路の発達によって、南極を取り囲む海流が形成され、低緯度から南極へ運ばれる熱が減少したことが寒冷化を促した、という説明は古くから有力視されてきた。 現在の南極周極流は、南極大陸の周囲を西から東へ流れ、南極と低緯度海域との海水交換に大きな影響を与えている。このため、大陸の分離と海峡の形成が南極の熱的な孤立を強めた可能性は十分にある。 しかし、海峡がいつどの程度深く開いたのか、現代型の南極周極流がいつ成立したのかについては不確実性がある。また、海洋循環だけでは氷床形成の時期や規模を十分説明できないとする研究もある。 そのため現在では、大陸配置の変化を唯一の原因とするよりも、二酸化炭素濃度が長期的に低下するなかで、海洋循環や地球軌道の条件が重なり、南極氷床が成長できる状態になったと考える方が妥当である。 ## 海では生物相の組み替えが進んだ 環境が変化すれば、生物が一様に減少するわけではない。寒冷化に適応できない生物が衰退する一方、新しい環境で繁栄する生物も現れる。 始新世から漸新世への移行期には、海洋生物のさまざまな系統で絶滅や分布域の変化が起こった。特に温暖な海に適応していた生物は、高緯度地域や一部の海域から姿を消した。 海水温だけでなく、海面低下や海洋循環の変化も重要だったと考えられる。浅い海が縮小すれば、そこに依存する生態系は影響を受ける。深海では水温や酸素供給、栄養塩の循環が変わり、底生生物やプランクトンの構成も変化しうる。 一方で、冷たい海を利用する生態系が拡大する余地も生まれた。南極周辺の海洋生態系が現在のような特徴を獲得していく過程は、その後数千万年にわたって続くことになる。 ここでも重要なのは、「寒冷化が生物を絶滅させた」という単純な因果関係ではない。温度、海面、海流、餌資源、生息域などが同時に変化し、その組み合わせによって各系統の運命が異なったと考えられる。 ## 陸上では森林と動物相が変わった 寒冷化と乾燥化は陸上生態系にも大きな影響を与えた。 始新世の温暖な時代には、高緯度地域まで森林が広がっていた。しかし気候が冷涼化し、地域によって乾燥化や季節性の増大が進むと、植生の分布も変わった。 森林がすべて草原へ置き換わったわけではない。現在の大規模な草原生態系が本格的に拡大するのはさらに後の時代である。それでも、密生した温暖な森林だけでなく、より開けた環境や冷涼な森林が増え、生息場所の多様化が進んだ。 哺乳類の動物相にも大きな変化がみられる。ヨーロッパでは始新世末から漸新世初頭にかけて、それまで生息していた哺乳類の多くが姿を消し、アジア方面から進出した系統を含む新しい動物相へ置き換わった。この変化は「グランド・クピュール」と呼ばれる。 ただし、この動物相交代を寒冷化だけで説明することはできない。気候変化に加え、大陸間の移動経路や海面変化、生物間競争などが関係した可能性がある。 地球環境の変化が生物の分布を変え、大陸間の交流が新たな競争関係を生み、それによって生態系がさらに再編される。ここには地球生命史に繰り返し現れる、環境変化と生物地理の結び付きがよく表れている。 ## 「寒冷化」は生物にとって一方向の悪化ではない 温暖な世界から寒冷な世界への移行を見ると、寒冷化を生命にとっての「危機」と考えたくなる。しかし進化には、あらかじめ望ましい気候が決まっているわけではない。 ある環境に適応していた生物にとって急激な変化は不利になる。その一方で、新しく生じた環境を利用できる生物にとっては、生息域を広げる機会にもなる。 始新世まで繁栄していた生物の一部が衰退した一方、漸新世以降の冷涼で季節性の強い環境に適応した系統は多様化していった。 その意味で漸新世の寒冷化は、単なる絶滅事件ではなく、生態系の条件が組み替えられた時代だった。 ## 漸新世がその後の地球に残したもの 漸新世の重要性は、この時代だけを見ると分かりにくい。 始新世までの地球では、極域にも大規模な森林が存在する温室的な環境が長く続いていた。それに対して漸新世以降は、南極氷床をもつ地球が基本状態となった。 その後も気候は一定ではない。中新世には再び温暖化した時期があり、南極氷床も拡大と縮小を繰り返した。さらに後には北半球にも大規模な氷床が形成され、第四紀の氷期・間氷期サイクルへつながっていく。 したがって漸新世の寒冷化は、現在のような「極に氷があり、赤道との大きな温度差があり、氷床の増減によって海面が変動する地球」へ向かう重要な転換点だったといえる。 生命史の側から見ても、この環境変化は海洋生物の分布、陸上植生、哺乳類の交流と多様化などに長期的な影響を与えた。 地球が冷えたから生物が単純に入れ替わったのではない。大気中の二酸化炭素、大陸配置、海流、氷床、海面、生息環境、そして生物同士の関係が互いに影響しながら、新しい地球環境と生態系が形づくられていった。漸新世の寒冷化は、地球環境と生命の歴史を別々には語れないことを示す代表的な転換の一つである。