自然選択を生命史から理解する

## 自然選択は「より優れた生物をつくる仕組み」ではない 自然選択は、進化を理解するうえで中心的な概念の一つである。しかし、「弱い生物が消え、強い生物だけが残る」「進化によって生物は少しずつ高等になる」と理解すると、生命史の実像から離れてしまう。 自然選択の基本は、同じ集団の個体どうしにも遺伝する性質の違いがあり、その違いによって生存や繁殖の成功度に差が生じることである。ある環境でより多くの子孫を残した特徴は、世代を重ねるうちに集団内で増える可能性がある。 重要なのは、ここに未来の目標がないことである。 魚が陸上動物になることを目指して進化したわけでも、恐竜が哺乳類に席を譲るために絶滅したわけでもない。自然選択が働くのは、その時点に存在する変異と、その時点の環境との関係に対してである。 生命史を眺めると、この性質がよりはっきり見えてくる。 ## 進化は、まず存在する変異から始まる 自然選択は、必要な形質をゼロから設計する仕組みではない。 突然変異や遺伝子の組み換えなどによって集団内に違いが生まれ、その一部が遺伝する。環境によって繁殖成功に差が生じれば、世代を経て集団の特徴が変化する。 そのため、進化には常に歴史的な制約がある。 現在の生物の体は、過去から受け継いだ構造を改変しながら成立している。環境に対して理論上もっと効率的な構造が考えられたとしても、進化がそこへ自由に到達できるとは限らない。 既存の構造が、もともとは別の機能を持ちながら後に新しい役割へ転用されることもある。このような現象を考えると、生物の形を「その用途のために最初から作られた」と見るのは適切ではない。 生命史は、完成された設計図に沿って進んできたのではなく、過去の構造を引き継ぎながら枝分かれしてきた歴史なのである。 ## 水中から陸上への進出も「陸を目指した進化」ではない 脊椎動物が水中から陸上へ生活圏を広げた出来事は、進化を目的論的に説明しやすい例でもある。 「魚が陸上で暮らす必要に迫られ、脚を進化させた」と表現すると、生物が必要な器官を意図的に獲得したように聞こえる。 実際には、初期の四肢動物につながる系統は、水中で生活していた魚類の一群から生じた。浅い水域などで暮らしていた祖先には、すでに骨格を持つ肉質のひれや空気呼吸に関係する仕組みなどが存在していた。こうした既存の特徴が、後の環境で異なる役割を持つようになったと考えられている。 ただし、どの環境要因が陸上進出にどの程度重要だったのかを一つの原因に絞ることは難しい。 浅い水域での移動、酸素条件、餌資源、捕食者との関係など、複数の要因が関係した可能性がある。 さらに重要なのは、陸上進出が魚類全体の「進歩」ではなかったことである。 多くの魚類は水中に残り、その後も著しく多様化した。水中生活を続けた系統が進化に失敗したわけではない。 陸上生活は、生命が到達すべき上位段階ではなく、多数ある生存戦略の一つだった。 ## 酸素の増加も生物を一方向へ進化させたわけではない 地球史では、光合成を行う生物の活動によって酸素が供給され、大気や海洋の酸化状態が長い時間をかけて変化した。 酸素を利用する呼吸は高いエネルギー収支を可能にし、後の複雑な生物の進化を考えるうえで重要な条件になった。しかし、「酸素が増えたから生物は高等になった」と単純化することはできない。 酸素は一部の生物にとって利用可能な資源である一方、酸素に適応していなかった生物にとっては有害にもなりうる。 環境が変化すると、その環境で繁殖しやすい特徴も変わる。酸素を利用できる系統には新たな生態的機会が生まれた一方、酸素の少ない環境に適応した生物も消滅したわけではない。現在でも嫌気的な環境には多様な微生物が生息している。 新しい環境条件が登場したからといって、すべての生命が同じ方向へ向かうわけではないのである。 ## 捕食者と獲物は互いに選択圧となる 生命史が進むにつれて、生物を取り巻く環境には気温や酸素濃度だけでなく、ほかの生物そのものが大きく関わるようになった。 捕食者が存在すれば、獲物にとって捕食を避けやすい特徴が有利になる場合がある。硬い殻、棘、素早い移動、穴を掘る能力、周囲を感知する感覚器などは、そのような相互作用の中で選択を受けうる。 一方で、獲物の防御能力が高まれば、捕食者側にもそれを突破する能力が有利になる可能性がある。 カンブリア紀に見られる動物の多様化についても、捕食と防御を含む生物間相互作用が重要だった可能性が議論されている。ただし、この時期の急速な多様化を自然選択だけで説明することはできない。海洋環境の変化、酸素条件、生態系構造、発生を制御する仕組みなど、複数の要因が関係したと考えられている。 ここでも進化は一直線ではない。 殻を厚くすることが常に有利とは限らない。殻を作るには資源やエネルギーが必要であり、重くなれば移動に不利になることもある。逃げる、隠れる、毒を持つ、群れをつくるなど、別の戦略が有利になる環境もある。 自然選択は「最強の形」を選ぶのではなく、それぞれの条件の中で繁殖成功に差を生じさせる。 ## 大量絶滅では「優れたもの」が生き残るとは限らない 自然選択を「優秀な生物だけが生き残る仕組み」と考えることの問題は、大量絶滅を見るとさらに明確になる。 地球史では、生物多様性が比較的短期間に大きく減少する大量絶滅が繰り返されてきた。 こうした環境の急変では、それまで長期間繁栄していた生物でさえ絶滅することがある。 白亜紀末の大量絶滅では、非鳥類型恐竜が姿を消した一方、鳥類や哺乳類を含む複数の系統が生き残った。 だからといって、哺乳類が恐竜より「進化していた」ために生き残ったということにはならない。 ある環境で非常に成功していた特徴が、急激に条件が変わると不利になることもある。体の大きさ、食性、生息場所、繁殖様式など複数の特徴が生存確率に関係した可能性があり、さらに偶然性も無視できない。 絶滅は、生物を完成度順に並べて下から消していく試験ではない。 ## 絶滅の後に起こる多様化も「進歩」ではない 大量絶滅によって多くの系統が失われると、それまで利用されていた資源や生息場所が空く場合がある。 生き残った系統は、その後の環境の中でさまざまな生態的地位へ広がることがある。 白亜紀末の大量絶滅後には哺乳類が大きく多様化し、やがて海中を泳ぐもの、空を飛ぶもの、草原を走るもの、地下生活を行うものなど、多様な形態と生活様式が現れた。 しかし、これは「恐竜の時代が終わったので、より高等な哺乳類の時代が始まった」という交代劇ではない。 哺乳類そのものは恐竜が繁栄していた時代から存在していた。また、恐竜の一系統である鳥類は大量絶滅を生き延び、現在まで非常に多様な形で繁栄している。 絶滅によって生態系の構成が変わり、その後に残った系統が新しい条件のもとで多様化したと考える方が、生命史に近い。 ## 自然選択だけで生命史のすべては説明できない 自然選択は進化の重要な仕組みだが、進化そのものと完全に同義ではない。 集団中の遺伝子の頻度は、繁殖成功の差だけでなく、偶然によっても変化する。特に集団が小さい場合には、遺伝的浮動と呼ばれる偶然的な変化が大きな影響を持つことがある。 集団間の移動による遺伝子流動も進化に影響する。 さらに生命史の規模で考えれば、大陸移動、火山活動、気候変動、海水準変動、隕石衝突など、生物自身には制御できない出来事によって進化の舞台そのものが変化してきた。 化石記録からは形態の変化や系統の出現・消滅を追跡できるが、特定の形質にどの程度の自然選択が働いたかを直接測定できない場合も多い。そのため、過去の進化については、化石、地質、現生生物、遺伝情報など複数の証拠を組み合わせながら推定する必要がある。 ## 進化の歴史は「階段」ではなく「枝分かれ」である 生命史を人類へ向かう一本の階段として描くと、自然選択の本質を見失いやすい。 実際の進化は、祖先集団から複数の系統が分岐し、その一部が絶滅し、別の系統がさらに枝分かれする過程として捉えられる。 現在生きている細菌、植物、昆虫、魚類、鳥類、哺乳類は、「進化の途中にいる生物」と「完成した生物」に分けられるわけではない。それぞれが長い進化史を持つ現生の系統である。 人類もその例外ではない。 ヒトは進化の最終地点として出現したのではなく、霊長類の一系統から分岐した現在の生物の一種である。 生命史から自然選択を理解すると見えてくるのは、進化にはあらかじめ定められた方向がないということである。 環境が変われば有利な特徴も変わる。新しい生物が現れれば、生物どうしの関係も変わる。そして生命自身が酸素や土壌、生態系を変化させ、その変化した地球が再び生物に選択圧を与える。 自然選択とは、生物を頂点へ押し上げる力ではない。 変化し続ける地球の中で、さまざまな系統が分岐し、繁栄し、ときには絶滅してきた。その長大な歴史を生み出した仕組みの一つなのである。