中新世の生態系
中新世の生態系を理解するうえで重要なのは、この時代を単に「哺乳類が繁栄した時代」と見ることではない。中新世には、比較的温暖だった世界から寒冷化が進む世界へと地球環境が移り変わり、それに伴って森林、草原、海洋、生物の分布が大きく組み替えられていった。
その変化は一度に起きたものではない。中新世の初期には温暖な環境が広がり、その後いったん気温が高まった時期を経て、中期以降には南極氷床の拡大などと結び付いた長期的な寒冷化が進んだ。こうした気候変動と大陸配置、山脈形成、海流の変化が重なり、現在につながる生態系の骨格が次第に形づくられていった。
## 森林中心の世界から、より開けた環境を含む世界へ
中新世の前にあたる漸新世には、始新世の非常に温暖な気候から寒冷化が進み、南極には大規模な氷床が形成されていた。ただし、中新世に入ってから気候が単純に寒くなり続けたわけではない。
中新世前半には世界的に比較的温暖な時期があり、中期には「中新世気候最適期」と呼ばれる温暖期が知られている。この時期には、現在より高緯度まで森林が広がった地域もあったと考えられている。
しかし、その後は長期的な寒冷化が強まり、南極氷床も拡大した。海水準や降水パターンも変化し、大陸内部では乾燥化が進んだ地域が増えていった。
重要なのは、寒冷化そのものよりも、それによって植生の配置が変化したことである。
それまで広い地域を占めていた森林がすべて消えたわけではないが、森林と草地が入り交じる環境や、より開けた草原が拡大する地域が現れた。こうした変化は、陸上動物に新しい生態的条件をもたらした。
## 草原の拡大が哺乳類の暮らしを変えた
中新世を特徴づける変化の一つが草原生態系の発達である。
イネ科植物そのものは中新世より前から存在していたが、中新世には世界各地で草原が重要な景観となっていった。ただし、草原化の時期や程度は地域によって大きく異なるため、「中新世になって世界中が一斉に草原になった」と考えるのは正確ではない。
森林が多い環境では、樹木の葉や果実を利用する動物に適した生態的地位が豊富にある。一方、開けた環境が増えると、長距離を移動する能力、地表付近の植物を食べる能力、捕食者を遠くから発見する能力などが重要になる。
ウマ類、ウシ類、シカ類を含むさまざまな有蹄類は、中新世を通じて多様化した。ただし、それぞれの系統が同じように草食へ適応したわけではない。森林で葉を食べるもの、森林と草原の境界を利用するもの、草を多く食べるものなど、異なる食性を持つ動物が共存していた。
草を多く食べる動物では、摩耗しやすい食物に対応するため、高い歯冠を持つ歯が発達した系統もある。草には土や細かな鉱物粒子などが付着することがあり、開けた乾燥環境での採食は歯を強く摩耗させる可能性がある。
このように植物相の変化は、単なる景観の変化ではなかった。食物の種類、移動距離、捕食関係などを通じて、動物の進化そのものに影響する環境条件となった。
## 捕食者も新しい環境に組み込まれた
草食動物が多様化すれば、それを利用する捕食者にも新しい生態的地位が生まれる。
中新世にはネコ科、イヌ科、クマ類などを含む食肉類が各地で多様化した。現在では見られない食肉類の系統も存在し、捕食者の構成は現代とはかなり異なっていた。
森林の内部で待ち伏せすることと、開けた場所で獲物を追跡することでは、求められる身体構造や行動が異なる。環境のモザイク化は、草食動物だけでなく捕食者にも多様な生活様式を許したと考えられる。
ただし、草原の拡大だけですべての食肉類の進化を説明できるわけではない。競争相手の存在、獲物となる動物の変化、大陸間移動など複数の要因が同時に作用していた。
## 類人猿が大きく多様化した時代
中新世は、人類の進化史を考えるうえでも重要である。
中新世前半から中期には、アフリカを中心に類人猿の多様化が進み、その後ユーラシアにもさまざまな類人猿が分布した。現在生きている大型類人猿の種類だけを見ると想像しにくいが、中新世には多様な形態や生活様式を持つ類人猿が存在していた。
この繁栄には、広く分布していた森林環境が関係したと考えられる。その一方で、中新世後半に気候が寒冷化・乾燥化し、森林が縮小または分断された地域では、樹上生活を中心とする動物にとって利用可能な環境が変化した。
アフリカにおける森林と開けた環境の変化は、のちの人類系統の進化を考える際にも重要な背景となる。ただし、「森林が草原になったため二足歩行が生まれた」という単純な説明は現在では十分ではない。初期の人類系統が暮らした環境には森林や疎林を含む複雑な景観があったと考えられ、二足歩行の成立には複数の要因が関与した可能性がある。
## 大陸の移動が生物の分布を組み替えた
中新世の生態系変化は、気候だけでは説明できない。大陸同士の位置関係が変わり、動物が移動できる経路も変化していた。
アフリカとユーラシアの接続が強まると、それまで長く別々に進化していた生物群が互いの地域へ移動する機会が生まれた。類人猿を含む哺乳類の分布拡大にも、こうした地理的変化が関係している。
異なる地域で進化してきた生物が出会えば、新しい捕食関係や競争関係が生じる。ある地域への進出は新しい生態的地位を与える一方、もともとそこにいた生物にとっては新たな競争相手の出現となる。
中新世の生物相は、そのため「その場所で進化した生物」だけで構成されていたわけではない。気候変動と地理的接続の変化によって、生物相そのものが繰り返し組み替えられていた。
## 海でも現代につながる生態系が発達した
陸上だけでなく、海洋生態系も中新世に大きく変化した。
クジラ類では、ヒゲクジラ類とハクジラ類がすでに分化しており、中新世には多様な系統が存在した。イルカ類を含むハクジラの仲間も多様化し、アザラシやアシカなどの鰭脚類も海洋生態系の重要な構成員となっていった。
大型の捕食性サメも存在し、海洋では魚類、海生哺乳類、大型捕食者を含む複雑な食物網が形成されていた。
海洋環境も一定ではなかった。地球規模の寒冷化、氷床量の変化、海水準変動、海峡や大陸配置の変化は海流に影響し、それによって海水温や栄養塩の供給条件も変化した可能性がある。
特に沿岸や湧昇域の生産性は、海洋生態系を支える重要な要素である。中新世以降に現代的な海洋生態系が発達していった背景には、生物側の進化だけでなく、こうした海洋環境の再編もあった。
## 草原化は一つの出来事ではなかった
中新世後半には乾燥化が進んだ地域が増え、草原がさらに重要になった。しかし、ここでも地域差は大きい。
また、現在の熱帯・亜熱帯の草原で重要なC4型光合成を行う植物は中新世以前から存在していたと考えられているものの、それらが広い地域で急速に優勢となるのは主として中新世後期以降であり、地域によって時期も異なる。
したがって、中新世の植生変化は「森林から草原への一方向の交代」ではない。
森林、疎林、低木地、草原が地域ごとに増減し、その境界も気候変動とともに移動した。動物はその変化の中で分布を変え、絶滅し、あるいは新しい生活様式へと多様化していった。
## 中新世は現代世界への移行期だった
中新世の前半には、より温暖で森林の豊かな世界の特徴がまだ強く残っていた。一方、中新世後半になると寒冷化と乾燥化が進み、草原を含む開けた環境の重要性が高まっていく。
その結果、陸上では草食性哺乳類とそれを捕食する食肉類が多様化し、類人猿の分布も環境変化の影響を受けた。海ではクジラ類や鰭脚類など、現在の海洋生態系につながる動物群が発達した。
そして中新世の後に続く鮮新世には、さらに寒冷化が進み、現在に近い気候帯や生物地理が形成されていく。北半球の大規模な氷床が発達する更新世への条件も、こうした長期的な変化の延長上にあった。
中新世は、古い生態系が突然現代型に置き換わった時代ではない。温暖な森林世界の要素を残しながら、寒冷化、乾燥化、草原の発達、大陸間交流、海洋環境の変化が重なり、現代の生態系へつながる構造が組み上がっていった移行期だったのである。
この時代を見ると、進化は生物だけの歴史ではないことが分かる。植物が変われば草食動物が変わり、草食動物が変われば捕食者も変わる。気温や降水量が変化すれば植生が動き、大陸や海流が変われば生物の移動経路そのものが変わる。
中新世の生態系は、生命が地球環境に適応してきた歴史であると同時に、気候、地形、海洋、生物が相互に関係しながら現在の世界へ近づいていった過程でもある。