白亜紀中頃の温室地球

## 白亜紀中頃は、なぜこれほど暖かかったのか 白亜紀中頃、おおむね1億2000万年前から9000万年前にかけての地球は、現在とは大きく異なる温暖な気候にあった。極域にも氷床がほとんど発達していなかった、あるいは長期間維持される大規模な氷床は存在しなかったと考えられ、海面は現在より高かった。大陸内部まで浅い海が入り込み、海と陸の配置そのものが現在とは違っていた。 この状態はしばしば「温室地球」と呼ばれる。ただし、白亜紀を通じて同じ気候が続いたわけではない。白亜紀は約8000万年に及ぶ長い時代であり、その途中には温暖化と相対的な寒冷化が繰り返された。特に白亜紀中頃には強い温暖化がみられた一方、その背景には数千万年規模の大陸移動、海洋底拡大、火山活動、炭素循環の変化が積み重なっていた。 したがって、この温室地球を「火山が噴火して暑くなった」という一つの事件だけで説明することはできない。地球内部の活動、大気中の二酸化炭素、海洋循環、海面、海洋生態系が相互に影響しながら形成された状態として見る必要がある。 ## 温室地球の前提になった活発な地球 白亜紀には、かつて一つにまとまっていた超大陸パンゲアの分裂が進んでいた。大西洋は拡大し、大陸どうしの位置関係は現在の配置へ向かって変化していた。 大陸の分裂には海洋底の形成が伴う。中央海嶺ではマントルから上昇した物質によって新しい海洋地殻がつくられ、その過程で地球内部から二酸化炭素などが放出される。白亜紀中頃には海洋地殻の形成や大規模な火成活動が活発だった時期があり、それが長期的な大気中二酸化炭素濃度の上昇に寄与したと考えられている。 さらに、海底では短期間の通常の火山活動とは規模の異なる巨大な火成活動も起きた。現在、海底に残る巨大な火成岩地域の一部は白亜紀に形成されている。 ただし、大気中の二酸化炭素濃度を過去について正確に決めることは難しい。地球化学的な代理指標や植物化石などから高濃度だったことは支持されているが、時期ごとの具体的な値には推定幅がある。 重要なのは、二酸化炭素が増えた結果だけを見るのではなく、その供給量と除去量のバランスが長期間変化していたことである。大気中の炭素は、岩石の風化や海洋への吸収、有機物や炭酸塩としての埋没によっても除去される。白亜紀の気候は、この巨大な炭素循環全体の収支によって決まっていた。 ## 暖かさは海の姿まで変えた 温室地球では、極域と低緯度地域の温度差が現在より小さかったと考えられている。極域まで比較的温暖な環境が広がったことは、植物化石や堆積物などから推定されている。 一方で、「恐竜時代には地球上のどこも熱帯だった」と考えるのは正確ではない。緯度による気候差や季節変化は存在し、乾燥地帯も湿潤地域もあった。白亜紀中頃の特徴は、地球全体が一様に高温だったことではなく、現在より高い平均気温と弱い極域寒冷化が長期間維持されたことにある。 大規模な氷床が乏しかったことに加え、海洋底の形成が活発な時期には中央海嶺の体積が大きくなり、海盆が相対的に浅くなる。このような要因が重なることで海面は高くなり、大陸の低地へ海水が入り込んだ。 北アメリカなどでは大陸内部に広大な浅海が形成され、陸地を分断するほどの海域が存在した時期もある。こうした浅い海は海洋生物に新しい生息域を提供し、白亜紀の海洋生態系の多様化を支える舞台にもなった。 ## 温暖化と同時に起きた海洋無酸素事変 しかし、温暖な海が生物にとって単純に好条件だったわけではない。 白亜紀には、海洋の広い範囲で酸素が乏しくなる「海洋無酸素事変」が複数回発生した。特に前期白亜紀のアプチアン期に起きた海洋無酸素事変1aや、約9400万年前前後のセノマニアン期末からチューロニアン期初頭に起きた海洋無酸素事変2は代表的である。 これらは単なる「海が暖まり、酸素が減った」という一段階の現象ではない。 大規模な火成活動によって二酸化炭素が供給されれば、温暖化が進む可能性がある。気温が上昇すると岩石の風化が活発になり、河川から海へリンなどの栄養塩が供給されやすくなる場合がある。海洋表層で生物生産が増えると、大量の有機物が海底へ沈み、その分解に酸素が消費される。 さらに、水温の高い海水は冷たい海水より酸素を溶かしにくい。海洋循環の変化も重なれば、深海へ酸素が十分に供給されない環境が形成される。 こうして有機物が分解されきらず海底堆積物に保存されると、炭素が地球表層の循環から取り除かれる。白亜紀の海洋無酸素事変で形成された有機物に富む黒色頁岩は、その痕跡として世界各地から知られている。 つまり海洋無酸素事変は、温暖化の「結果」であるだけではない。有機炭素の埋没が増えることで大気・海洋の炭素循環を変え、気候へ逆向きの作用を及ぼす可能性もあった。 ## 生物にとっては繁栄と危機が同時進行した 白亜紀中頃の海には、アンモナイト、魚類、サメ類、海生爬虫類、さまざまな浮遊性微生物などが生息していた。高い海面によって広がった浅海は、多くの海洋生物に新しい生息環境を与えた。 同時に、プランクトンの進化は地球規模の物質循環にも影響した。 白亜紀には石灰質の殻や骨格をつくる微小な生物が海洋で重要な役割を担うようになり、炭酸カルシウムが大量に海底へ運ばれた。白亜紀を意味する英語「Cretaceous」の語源も「白亜」、すなわちチョーク質の地層に由来する。 ヨーロッパなどに分布する白いチョーク層の多くは、微小な石灰質プランクトンがつくった構造物が長期間堆積して形成されたものである。生命活動が地質そのものをつくる規模へ拡大していたことを示す例といえる。 一方、海洋無酸素事変では環境変化に弱い生物群が衰退し、絶滅や生態系の再編も起きた。その影響は世界中で完全に同じだったわけではなく、水深や緯度、海盆の構造などによって異なったとみられている。 白亜紀中頃は「生命が豊かになった時代」と「環境危機の時代」のどちらか一方ではない。新しい生態系が広がる一方、その基盤となる地球環境そのものが不安定に変動していた。 ## 陸上でも生態系の組み替えが進んだ 温室地球の時代、陸上では恐竜が主要な大型脊椎動物として繁栄していた。しかし、白亜紀の生命史を恐竜だけで見ると重要な変化を見落とす。 この時代には被子植物が多様化し、やがて多くの陸上生態系で重要な植物群となっていった。昆虫の多様化とも複雑に関係しながら、植物と昆虫の相互作用が発達していったと考えられている。 もっとも、被子植物の拡大を温暖な気候だけの結果とすることはできない。植物自身の進化、昆虫との関係、攪乱された環境への適応、大陸配置や地域ごとの気候など複数の要因が関係したと考えられる。 温室地球は生物進化の背景条件を提供したが、どの生物が繁栄するかを直接決める単純なスイッチではなかった。 ## 温室地球も永続しなかった 白亜紀中頃の強い温室状態は、その後も同じ強さで続いたわけではない。 後期白亜紀には気候が変動しながら長期的には白亜紀中頃の極端な温暖状態から離れていった。大陸配置の変化、火山からの二酸化炭素供給量、岩石風化、有機炭素や炭酸塩の埋没、海洋循環などが変化し、炭素循環の収支も変わっていったと考えられている。 そして約6600万年前の白亜紀末には、小惑星衝突を主要因とする大量絶滅が起こる。しかし、その出来事は白亜紀中頃の温室化とは数千万年離れている。 白亜紀を一つの「暖かい恐竜時代」とまとめてしまうと、この長い時間幅が見えなくなる。白亜紀中頃の温室地球、海洋無酸素事変、その後の気候変化、そして白亜紀末大量絶滅は、それぞれ異なる時間スケールと原因を持つ出来事である。 ## 白亜紀中頃が示す地球と生命の相互作用 白亜紀中頃の温室地球から見えてくるのは、気候が単独で変化するのではなく、地球内部、海洋、大気、生物圏が連動しているということである。 大規模な火成活動や海洋底拡大は炭素を大気・海洋へ供給し、温暖化に寄与した。温暖化や風化の変化は海洋への栄養供給を変え、生物生産や海底の酸素環境に影響した。そして生物によって固定された炭素が海底へ埋没すれば、それが再び大気中の二酸化炭素量へ影響する。 原因と結果は一方向ではない。 白亜紀の温室地球は、地球が生命の環境をつくり、生命もまた地球環境の変化に参加してきたことを示している。その相互作用は数年や数世紀ではなく、数十万年から数千万年という時間幅で進んだ。 現在とは大陸配置も太陽から受ける条件も生態系も異なるため、白亜紀の気候をそのまま現代の将来予測に置き換えることはできない。それでも、大気中の炭素、温度、海洋酸素、生物生産が互いに結び付いて変化するという地球システムの性質を理解するうえで、白亜紀中頃は重要な過去の実例なのである。