微生物の時代が生命史の大半を占める理由
## 生命史は「大型生物の歴史」ではない
生命の歴史を思い浮かべると、カンブリア紀の奇妙な動物、魚類、恐竜、哺乳類、そして人類へと続く光景を想像しやすい。しかし、この並べ方には大きな偏りがある。地球上に生命が現れてからの時間全体を見れば、動物や植物が目立つ時代はむしろ後半の一部にすぎない。
地球は約46億年前に形成され、生命の存在を示す証拠は少なくとも35億年以上前までさかのぼる。一方、肉眼で目立つ大型の多細胞生物が広く繁栄するようになったのは、はるかに後のことである。つまり生命史の大部分では、地球の主要な生物は微生物だった。
しかもこれは、「進化が遅れていたため、長い準備期間が必要だった」という単純な話ではない。微生物は原始的な生命の残り物ではなく、それ自体が多様化し、地球環境を変え、新しい生態系をつくってきた。生命史を理解するには、大型生物が登場するまでを単なる前史として扱わないことが重要である。
## 最初の生命は小さかった
初期生命の具体的な姿については不明な点が多い。最古級の生命痕跡についても年代や解釈には議論があり、生命がいつ、どこで、どのように誕生したかを一つのシナリオに確定することはできない。
それでも、初期の生命が現在の動物や植物のような複雑な多細胞生物ではなく、細胞レベルの小さな生物だったという点には大きな異論はない。細菌や古細菌につながる系統を含む微生物的な生命が、非常に長い期間にわたって地球の生態系を構成していた。
小さいことは、進化的に「未完成」という意味ではない。単細胞生物でも、周囲から物質を取り込み、エネルギーを得て、増殖し、環境に応じて進化することができる。光を利用するもの、無機物の化学反応を利用するもの、有機物を分解するものなど、代謝の方式も多様化した。
現在でも、酸素のない地下、深海底、温泉、高塩分環境など、大型動植物には厳しい場所に多様な微生物が存在する。生命にとって、複雑な体を持つことだけが成功の方法ではないのである。
## 微生物は地球環境そのものを変えた
長い微生物の時代を「何も起こらなかった時代」と考えることもできない。生命史上でも最大級の環境変化の一つは、微生物の活動と深く関係している。
初期地球の大気には、現在のように豊富な酸素は存在しなかった。やがて一部の微生物が酸素を発生する光合成を行うようになり、その活動が長期間積み重なることで、海洋や大気の酸化状態が変化していった。
約24億年前ごろには、大気中の酸素が増加したことを示す地質学的証拠が見られる。この変化は一般に大酸化イベントと呼ばれる。ただし、酸素が突然現在の濃度まで増えたわけではない。その後も酸素濃度は変動し、海洋内部には長く酸素の乏しい領域が残っていたと考えられている。
酸素の増加は、それ以前の生物にとって必ずしも歓迎すべき変化ではなかった。酸素は高い反応性を持つため、酸素を利用できない生物には有害となりうる。その一方で、酸素を利用した効率の高いエネルギー獲得も可能になった。
ここで重要なのは、環境が生命を一方的に進化させたのではなく、生命自身の活動が環境条件を変え、その変化した環境の中でさらに生命が進化したという相互作用である。
## 複雑な細胞が生まれても微生物の時代は終わらなかった
やがて生命史には、細菌や古細菌とは細胞構造の異なる真核生物が登場した。私たち人間を含む動物、植物、菌類はすべて真核生物である。
真核細胞の成立には、異なる微生物同士の関係が重要だったと考えられている。ミトコンドリアは、かつて独立して生活していた細菌に由来するとする細胞内共生説が広く支持されている。植物や藻類の葉緑体も、光合成を行う細菌との共生に由来する。
つまり複雑な生命への重要な転換点も、微生物の世界から切り離された出来事ではなかった。むしろ異なる微生物系統の組み合わせが、新しい細胞の形を生み出したとみることができる。
真核生物が登場した時期については化石や分子系統解析からさまざまな推定があり、細部には不確実性が残る。それでも、真核生物が現れてから大型の動植物が地球を覆うまでにも長い時間があった。
「単細胞から多細胞へ、そして大型化へ」という一直線の階段を想像すると、この長い期間が不可解に見える。しかし進化には大型化という目標があるわけではない。単細胞という生存様式が十分に機能している環境では、大型化する必要そのものがない。
## 多細胞化は一度だけ起こった革命ではない
多細胞生物の登場も、「生命がついに次の段階へ進んだ」という一回限りの出来事ではない。
多細胞化は、動物、植物、菌類、藻類など複数の系統で独立に起こったと考えられている。単細胞の生物が集まり、細胞同士が役割を分担し、やがて一つの個体として機能するようになる道筋は一つではなかった。
多細胞化には利点がある。体を大型化すれば、捕食者に食べられにくくなる場合があり、細胞を分業させれば異なる機能を効率よく担えることもある。しかし同時に、体を維持するためのエネルギーや、細胞間の情報伝達、発生の制御など、新たな問題も生じる。
したがって、多細胞化は単細胞より常に優れた形態というわけではない。環境や生活様式によって有利にも不利にもなりうる進化上の選択肢の一つである。
## 「カンブリア爆発」以前にも長い生命史がある
約5億4000万年前以降のカンブリア紀には、動物化石の多様性が大きく増加する。硬い殻や骨格を持つ生物が増え、捕食と防御の関係も複雑になったため、生命史を語るうえで重要な転換期である。
しかし、ここを生命史の事実上の始まりとみなすと、それ以前の30億年以上が見えなくなる。
カンブリア紀の生態系が成立するためには、それ以前に真核生物が成立し、多細胞化が進み、酸素や栄養塩をめぐる海洋環境が変化していなければならなかった。エディアカラ紀にはすでに大型の多細胞生物が存在しており、動物の系統もカンブリア紀以前までさかのぼると考えられている。
カンブリア紀は無から突然複雑な生命が現れた瞬間ではなく、長い微生物中心の生命史の上に生じた変化なのである。
## 恐竜の時代も、人類の時代も、微生物は消えていない
その後、魚類が多様化し、植物が陸上に広がり、昆虫や四肢動物が進化し、恐竜や哺乳類が繁栄した。こうした出来事を追うと、生命史の主役が微生物から大型生物へ交代したように見える。
しかし、実際には微生物の時代が終了したわけではない。
海洋では微小な光合成生物が一次生産を担い、陸上では微生物が有機物を分解する。植物の根の周囲には微生物群集があり、動物の体内にも膨大な微生物が存在する。炭素、窒素、硫黄などの地球規模の物質循環にも微生物の代謝が深く関与している。
大型生物の生態系そのものが、微生物による物質循環の上に成り立っていると言ってよい。
恐竜が繁栄した中生代にも、哺乳類が多様化した新生代にも、微生物は地球環境の重要な担い手だった。そして現在も状況は同じである。
## なぜ「微生物の時代」が短く見えるのか
それでも私たちが生命史を大型生物中心に考えてしまうのには理由がある。
第一に、大型生物は化石として目立ちやすい。骨、歯、殻などの硬い組織は化石として残りやすく、形態を比較しやすい。一方、微生物の存在を調べるには、微化石だけでなく、岩石中の化学的特徴や同位体組成など間接的な証拠が必要になる場合がある。
第二に、私たち自身が大型多細胞生物だからである。目、脚、翼、顎、巨大化、捕食など、自分たちにも理解しやすい形態の変化に注目しやすい。
第三に、「単純な生物から複雑な生物へ進歩した」という物語が直感的だからだ。しかし自然選択には、未来の完成形を目指す方向性はない。微生物から人間へ向かう一本道があったわけでもない。
人類につながった枝は、生命の系統樹に無数にある枝の一つにすぎない。
## 生命史の大半が微生物の時代だった本当の意味
「生命史の大半は微生物の時代だった」という事実は、複雑な生命が誕生するまで進化が停滞していたことを意味しない。
その長い期間に、生命は多様な代謝を獲得し、光合成によって地球の酸化状態を変え、真核細胞につながる共生関係を生み出し、地球規模の物質循環に組み込まれていった。その蓄積の上に、多細胞生物や大型動物の生態系が成立した。
さらに重要なのは、微生物が過去の存在ではないことである。
生命史を「微生物→魚→両生類→爬虫類→哺乳類→人類」という行進として描けば、微生物は最初の一段に押し込められてしまう。しかし実際の生命史は、古い生物が新しい生物に置き換えられていく階段ではない。多くの系統が枝分かれしながら共存し、新しい系統が加わっていく巨大な樹木に近い。
その樹木の根元に微生物がいるだけではない。微生物は数十億年にわたって枝分かれを続け、現在の地球でも生態系と地球化学を支えている。
大型生物の歴史は壮大である。しかし時間の長さという尺度でも、地球への影響という尺度でも、生命史の背景に微生物がいたのではない。微生物こそが、生命史の大部分を構成してきたのである。