大量絶滅とは何か

## 大量絶滅は「生物が大量に死ぬこと」ではない 地球の生命史では、生物の種は常に誕生し、同時に絶滅してきた。ある種が姿を消すこと自体は珍しい現象ではない。環境の変化、競争、捕食、病気、生息地の消失などによって絶滅が起こり、その一方で新しい種が生まれる。この通常の絶滅に対して、比較的短い地質学的時間のうちに、広い地域と多数の分類群で絶滅率が急激に高まる現象を「大量絶滅」と呼ぶ。 したがって、大量絶滅とは単に多数の個体が死ぬ災害ではない。個体数が激減しても、種が存続すれば生命史上の絶滅にはならない。重要なのは、多数の種や系統そのものが地球上から失われ、生態系の構成が大きく変わることである。 顕生代には、とくに規模の大きな絶滅として、オルドビス紀末、デボン紀後期、ペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末の「五大大量絶滅」が広く認識されている。ただし、「何%の種が消えれば必ず大量絶滅と呼ぶ」という完全に一意な定義があるわけではない。化石記録には保存や発見の偏りがあり、種、属、科のどの階級で測定するかによっても数値は変わる。重要なのは、通常の背景絶滅を大きく上回る損失が広範囲で起こったという点である。 ## 絶滅には生命史を進歩させる「目的」はない 大量絶滅の後には、しばしば新しい生物群が繁栄する。そのため、「古い生物を消して新しい生物の時代をつくるために絶滅が起きた」と説明したくなる。 しかし、これは結果から原因を逆に見てしまう考え方である。 大量絶滅そのものに、次の時代の生物を繁栄させる目的があるわけではない。小惑星衝突、急激な温暖化や寒冷化、海洋の酸素不足、火山活動、海水準変動など、生命に大きな負荷を与える地球環境の変化によって、多数の系統が失われる。その結果として、それまで埋まっていた生態的地位が空き、生き残った系統に新しい機会が生まれるのである。 さらに、大量絶滅で失われる生物が「進化的に劣っていた」とも限らない。平常時には生存に有利だった性質が、異常な環境変化のもとでは役に立たなくなることがある。大量絶滅では、通常時とは異なる条件で生存と絶滅が選別されうることが古くから指摘されている。 生命史は、優れた生物だけが勝ち残る単純な競争ではない。どの環境変化が起こったのか、どの地域にいたのか、何を食べていたのか、どのように繁殖していたのかといった条件によって、生存可能性は変わる。 ## 大量絶滅がつくる「生態的地位の空白」 生態系では、生物は単に場所を占めているだけではない。何を食べるか、どこで暮らすか、どの時間帯に活動するか、捕食者なのか被食者なのかといった関係の中に位置している。このような生態系内での役割や資源利用のあり方を、生態的地位、あるいはニッチという。 大量絶滅によってある生物群が失われると、それまで利用されていた資源や生活様式の一部が空くことがある。 大型の捕食者が消えれば、上位捕食者として活動できる余地が生じるかもしれない。ある植物食動物群が消えれば、植物資源を利用する別の系統が増える可能性がある。海中で特定の餌を利用していた動物が失われれば、その資源を利用する生物の構成も変わりうる。 こうした状態は、生き残った系統にとって「生態的機会」となる。競争相手や捕食者が減少したり、利用可能な資源が増えたりすることで、それまで進出しにくかった生活様式へ広がる可能性が高まる。生態的機会は、適応放散と呼ばれる多様化を促す重要な条件の一つと考えられている。 ただし、空いた生態的地位が必ずすぐに埋まるわけではない。 ## 生き残っただけでは繁栄できない 大量絶滅を境に繁栄するには、まず絶滅そのものを生き延びなければならない。しかし、生存はその後の成功を保証しない。 絶滅を切り抜けたものの、その後に多様性を回復できず、長期的には消えていく系統も存在する。このような現象は「デッド・クレード・ウォーキング」と呼ばれることがある。つまり、絶滅境界を越えたことと、次の時代の主要な生物群になることは別の問題なのである。 反対に、絶滅前には目立たなかった小さな系統が、その後に多様化する場合もある。 その違いを決めるのは、生態的地位が空いているかどうかだけではない。新しい環境に対応できる形態や生理、生息域の広さ、繁殖速度、移動能力、利用可能な遺伝的・形態的変異など、複数の条件が関係する。 そのため、「大量絶滅が起これば必ず生物が急速に多様化する」という単純な法則もない。生態的機会が存在していても、系統によって多様化の速度や規模は異なり、放散が遅れて始まる例もある。 ## 恐竜の絶滅と哺乳類の繁栄も単純な交代ではない 白亜紀末、約6600万年前の大量絶滅では、非鳥類型恐竜をはじめ、多くの生物群が失われた。この出来事の後、哺乳類は陸上生態系で著しく多様化していく。 ここから「恐竜が絶滅したから哺乳類が誕生した」と考えるのは誤りである。哺乳類そのものは恐竜と長期間共存しており、白亜紀末よりはるか以前から存在していた。 変わったのは、哺乳類が存在できるかどうかではなく、利用できる生態的空間だった。 白亜紀末の危機を生き残った哺乳類の系統は、その後、体の大きさ、食性、生活場所などを多様化させていった。北米の化石記録からも、絶滅後の比較的早い時期に哺乳類や植物群を含む陸上生態系が大きく変化していった様子が研究されている。 つまり、恐竜の絶滅は「哺乳類のために場所を空けた」のではない。大量絶滅という偶発的な歴史的事件の結果、競争や捕食、生息環境の構造が変化し、その条件のもとで生き残った哺乳類の一部が多様化したのである。 ## 生態系の回復は「元に戻ること」ではない 大量絶滅の後に使われる「回復」という言葉にも注意が必要である。 絶滅した種は基本的には戻ってこない。したがって、絶滅前とまったく同じ生態系が再建されるわけではない。 最初は、強い環境ストレスに耐えられる少数の生物が優占する単純な生態系になる場合がある。その後、環境が安定し、新しい種が増え、捕食や競争などの関係が再構築されるにつれて、生態系は再び複雑になっていく。 しかし、その生態系を構成する顔ぶれは以前とは異なる。 実際、ペルム紀末大量絶滅後の海洋では、種数の回復と生態系の機能的な回復が同じ速度で進んだわけではないことが示されている。分類学的な多様性が増えることと、生態系の構造が再び複雑になることは区別して考える必要がある。 大量絶滅とは、生命史の時計をいったんゼロに戻す現象ではない。過去から受け継がれてきた系統の一部を残し、一部を失わせた状態から、別の生態系が組み立てられていく転換点なのである。 ## 絶滅と多様化は一つの歴史の表裏にある 現在の生物多様性だけを見れば、それぞれの生物が長い進化の末に必然的に現れたようにも見える。しかし生命史をさかのぼると、その途中には数多くの偶然と環境変動が存在する。 大量絶滅は、その中でもとくに大きな分岐点だった。 絶滅そのものが新しい生物を生み出すわけではない。絶滅が進化の方向をあらかじめ決めているわけでもない。それでも、多数の系統が失われれば、生態系に存在していた競争関係や捕食関係、利用可能な資源の配置は変わる。その変化が、生き残った系統に以前とは異なる進化の可能性を与える。 そして、その機会を利用できた一部の系統が分岐し、新しい食性、新しい体の形、新しい生活場所へ広がっていく。 大量絶滅の重要性は、「生命を破壊した後に、より優れた生命を生み出した」ことにあるのではない。 **それまで成立していた生態系の前提条件を崩し、その後の進化が進む舞台そのものを変えてしまったこと**にある。 地球生命史における大量絶滅は、終わりであると同時に、結果として新しい多様化の条件が生まれる境界でもあった。ただし、その先にどの系統が繁栄するかは最初から決められていない。生き残った系統と変化した地球環境との相互作用の中から、次の生態系が形づくられていったのである。