後期デボン紀の危機
## 「一度の大量絶滅」ではなかった
後期デボン紀の危機は、地球生命史における代表的な大量絶滅の一つとして知られている。しかし、その実像は「ある日、突然起きた一つの大災害」とはかなり異なる。後期デボン紀には環境の不安定化と生物多様性の低下が長い期間にわたって続き、そのなかで特に大きな絶滅の波が複数回起きたと考えられている。後期デボン紀そのものが、炭素循環の変動や海洋の酸素不足を繰り返した時代だった。
そのうち特に重要なのが、約3億7200万年前のフラスニアン期とファメニアン期の境界付近で起きた「ケルワッサー事変」と、デボン紀末の約3億5900万年前に起きた「ハンゲンベルグ事変」である。年代値には研究による違いがあるが、両者の間には1000万年以上の隔たりがある。つまり「後期デボン紀の大量絶滅」という言葉は、非常に長い時間幅をもつ生命史上の危機をまとめて指している場合がある。
この時間幅を意識することは重要である。原因を一つの隕石衝突や一度の火山噴火に求めるだけでは、後期デボン紀に繰り返された環境変動と生態系の段階的な変化を十分に説明できないからだ。
## 危機の前には豊かな海洋生態系があった
デボン紀はしばしば「魚類の時代」と呼ばれる。顎をもつ脊椎動物が多様化し、板皮類をはじめとするさまざまな魚類が海や淡水域に生息していた。一方、浅い海には造礁生物がつくる大規模な礁生態系が発達していた。
特に重要だったのが、ストロマトポロイドと呼ばれる海綿動物の仲間やサンゴ類である。これらの生物は複雑な礁構造を形成し、その周囲に腕足類、軟体動物、節足動物、魚類など多数の生物が暮らしていた。後期デボン紀の危機は、単に種数を減少させただけではなく、このような生態系の「構造そのもの」を大きく変えた。フラスニアン期末の危機では、とりわけ礁をつくる生物が大きな打撃を受けたことが化石記録から知られている。
同じころ、陸上でも大きな変化が進んでいた。維管束植物はすでに陸上へ進出していたが、デボン紀になると大型化し、深い根をもつ樹木や森林が広がっていった。生命は海のなかだけで進化していたのではない。陸上生態系の発達そのものが、河川を通じて海洋環境へ影響するほどの規模になりつつあったのである。
## 海から酸素が失われた
後期デボン紀の危機を理解するうえで、最も重要な現象の一つが海洋の「無酸素化」である。
ケルワッサー事変の時期には各地で黒色頁岩などが形成されている。こうした堆積物は、有機物が多く、海底付近の酸素が乏しい環境と結び付くことが多い。地球化学的な研究からも、危機の前後に海洋の酸化還元状態や炭素循環が大きく変動したことが示されている。
ただし、「全世界の海が同時に完全な無酸素状態になった」と単純化することはできない。地域によって海洋環境の変化には違いがあり、酸素の乏しい水塊が広がった場所もあれば、異なる変化を示す地域も確認されている。無酸素化の規模やタイミングについては現在も研究が続いている。
それでも、浅海の生態系に酸素不足が広がれば影響は大きい。海底に生息する動物はもちろん、食物網や栄養循環まで変化する。特に長期間安定した環境を必要とする礁生態系にとって、酸素濃度、栄養塩、海水温、海面水位などが繰り返し変動することは大きな負担になったと考えられる。
## 森林の発達が海を変えた可能性
では、なぜ海洋の無酸素化が起きたのだろうか。その原因として注目されてきた仮説の一つが、陸上植物の発達である。
植物が大型化し、根を深く張るようになると、岩石の風化や土壌形成が促進される。風化によって放出されたリンなどの栄養元素が河川を通じて海へ流入すれば、沿岸域の一次生産が活発になる可能性がある。大量の有機物が沈降し、その分解に酸素が消費されれば、海水の酸素濃度は低下する。
後期デボン紀の陸上植物の拡大と海洋の栄養塩増加、無酸素化を結び付けるモデルは以前から提案されており、近年には陸上堆積物の地球化学記録からその関連を検討する研究も進められている。
しかし、これは「木が増えたため大量絶滅が起きた」という単純な因果関係を意味しない。植物の進化、化学風化、二酸化炭素濃度、気候、降水、栄養塩供給、海洋循環など、多数の過程が相互に関係していた可能性がある。
生命の進化が地球環境を変え、その環境変化が別の生命を圧迫する。この相互作用こそ、後期デボン紀の危機の重要な側面である。
## 気候変動、海面変動、火山活動も重なった
海洋無酸素化だけですべてが説明できるわけではない。
ケルワッサー事変の前後には海水温や海面水位の変動も起きていたと考えられている。海進によって酸素の乏しい水が大陸棚へ広がった可能性がある一方、寒冷化や海退も生息域を変化させた可能性がある。また、地球の公転軌道などに由来する周期的な日射量変化が、後期デボン紀の気候や海洋環境の変動を増幅した可能性も指摘されている。ケルワッサー事変に伴う無酸素化の進行にも、天文学的周期との関係が研究されている。
火山活動についても議論が続いている。大規模な火山活動が二酸化炭素やその他の物質を放出し、気候や海洋化学を変化させた可能性はある。一方、ケルワッサー事変と特定の大規模火山活動を年代的に直接結び付ける証拠については、研究によって評価が異なる。精密年代測定では、候補となってきた火山活動や衝突事件との単純な同時性を支持しない結果も報告されている。
したがって、現時点では「これが唯一の原因だった」と断定するよりも、炭素循環、栄養塩供給、海洋無酸素化、気候変動、海面変動、火山活動などが異なる時間スケールで重なった複合的な危機として考えるほうが、地質記録に合っている。
## ケルワッサー事変で終わったわけではない
フラスニアン期末のケルワッサー事変によって多くの海洋生物が失われたが、デボン紀の生命史はそこで安定したわけではなかった。
その後のファメニアン期にも環境変動は続き、デボン紀末にはハンゲンベルグ事変が起きた。この危機でも海洋無酸素化、気候変動、海面変動などが確認されているが、その原因の詳細については現在も議論がある。火山活動を示唆する地球化学的証拠が報告されている一方、それだけで全球的な変化を説明できるかについては確定していない。
ハンゲンベルグ事変は脊椎動物の進化にとっても重要だった。デボン紀に繁栄していた複数の魚類系統が大きな打撃を受け、顎をもつ脊椎動物の多様性が急激に再編されたことが化石記録から示されている。
したがって後期デボン紀の危機は、「礁生態系が崩壊した一度の大量絶滅」と見るより、海洋生態系が何度も打撃を受けながら組み替えられていった長期的な転換期として理解する必要がある。
## 危機の後に生まれた新しい生態系
大量絶滅の重要性は、失われた生物だけでは測れない。どの系統が生き残り、その後の生態系を担ったのかを見る必要がある。
デボン紀末の危機を越えた石炭紀には、魚類の構成が大きく変化した。板皮類のようにデボン紀を代表した系統が姿を消す一方、軟骨魚類や条鰭類など、その後長く繁栄する系統が新しい生態的地位へ広がっていった。初期の四肢動物もこの生態系再編のなかを生き延び、石炭紀には多様化していく。デボン紀末の絶滅は脊椎動物進化に大きな「ボトルネック」をつくり、その後の系統構成に長期的な影響を残したと考えられている。
一方、デボン紀に栄えた大規模な礁生態系は、絶滅直後に元通りになったわけではない。生物多様性が回復することと、以前と同じ生態系構造が復活することは別である。危機を生き残った生物たちは、失われた世界をそのまま再建したのではなく、異なる組み合わせで新しい生態系を形成していった。
後期デボン紀の危機が示しているのは、大量絶滅とは一本の境界線ではないということだ。陸上植物の発達、岩石の風化、炭素と栄養塩の循環、海洋の酸素状態、気候や海面の変動が長い時間をかけて結び付き、そのなかで複数回の生物危機が発生した。そして絶滅後には、生き残った系統を材料として次の生態系が組み立てられた。
地球環境が生命を変え、生命の進化もまた地球環境を変える。後期デボン紀の危機は、その双方向の関係が地球規模の生態系再編へつながりうることを示す、生命史上の重要な転換点である。