絶滅は生命史をどう変えたか
## 絶滅は「失われること」だけではない
生命の歴史を振り返ると、絶滅は決して例外的な出来事ではない。地球上に現れた生物の系統の多くは、長い時間のなかで姿を消してきた。ある系統が絶滅する理由は、気候変動、海水準の変化、火山活動、天体衝突、生息地の縮小、競争関係の変化などさまざまであり、複数の要因が重なっている場合も多い。
絶滅を生命史の転換点として考えるときに重要なのは、「古い生物が消え、新しい生物に交代する」という単純な物語にしないことである。絶滅には未来の生物を生み出す目的があるわけではない。生き残った系統も、その後に繁栄することを予定されていたわけではない。
しかし結果として、絶滅によって生態系の構成が大きく変わると、それまで他の生物が占めていた生態的地位が空くことがある。そこへ生き残った生物が進出し、長い時間をかけて多様化する。この「失われた後に何が起こったのか」という視点から見ると、絶滅は生命史の方向を大きく変えてきた出来事として理解できる。
## 生態的地位が空くとはどういうことか
生態的地位とは、単なる生息場所ではない。何を食べるか、どこで生活するか、いつ活動するか、どのような捕食者や競争相手と関係するかといった、生態系のなかでの役割を含む概念である。
ある生物群が絶滅すると、その生物が利用していた資源や環境がただちに消えるとは限らない。大型の植物食動物がいなくなれば、それまで利用されていた植物資源が残る場合がある。捕食者が減れば、獲物となる生物との関係も変化する。海底で生活していた生物群が失われれば、その場所や食物を利用できる可能性が他の生物に開かれる。
ただし、「空席」が生じれば必ず誰かが埋めるわけではない。環境そのものが破壊されていれば、以前と同じ生態的地位が存在しなくなることもある。また、空いた地位を利用できる特徴を持った生物が生き残っていなければ、その役割が長期間埋まらない可能性もある。
したがって、絶滅後の多様化は自動的な過程ではない。生き残った系統の特徴、利用可能な環境、競争や捕食の関係、気候などが組み合わさった結果として起こる。
## 大量絶滅は生態系の組み合わせを変えた
地球生命史では、生物多様性が比較的短い地質学的期間に大きく低下した大量絶滅が繰り返し起きている。これらの出来事では、単に生物種の数が減少しただけではなく、生態系を構成する主要な生物群そのものが変わることがあった。
約2億5200万年前のペルム紀末には、海洋と陸上の双方で極めて大きな絶滅が起こった。この時期には大規模な火山活動とそれに伴う温暖化、海洋の酸素不足や化学環境の変化などが関係したと考えられているが、それぞれの要因がどのように連鎖したかについては研究が続いている。
この危機を境に、それ以前の古生代に広く見られた生物群の一部が大きく衰退し、その後の三畳紀には異なる生物群による生態系が形成されていった。ただし、絶滅直後から豊かな生態系が完成したわけではない。環境が不安定な時期が続き、地域や生物群によって回復速度にも違いがあったと考えられている。
大量絶滅とは、一瞬で生態系を初期化する出来事ではない。絶滅、環境変化、生存者の拡大、新しい種間関係の形成が長い時間をかけて進み、生態系の組み合わせそのものが変化していく過程だった。
## 恐竜の絶滅後に広がった哺乳類
絶滅後の多様化を考えるうえでよく知られているのが、約6600万年前の白亜紀末の大量絶滅である。小惑星衝突がこの絶滅に大きく関与したことを示す証拠は強く、鳥類を除く恐竜をはじめ、多くの陸上・海洋生物が姿を消した。
その後、哺乳類は新生代に大きく多様化した。大型植物食動物、大型捕食者、樹上性の動物、水中生活に適応した動物、飛翔する動物など、さまざまな生活様式を持つ系統が現れている。
しかし、これを「恐竜が絶滅したので哺乳類が誕生した」と考えるのは誤りである。哺乳類そのものは恐竜が繁栄していた中生代から存在し、すでに一定の多様性を持っていた。白亜紀末の絶滅で変化したのは、哺乳類が存在できるかどうかではなく、その後に利用可能となる生態的機会の範囲だったと考えるほうが適切である。
大型の陸上動物を含む多くの生態的地位から既存の生物群が失われたことで、生き残った哺乳類の系統が異なる方向へ多様化する余地が広がったのである。
## 生き残ることと、その後に繁栄することは別である
大量絶滅では、どの生物が生き残るかも重要になる。ただし、生存者を単純に「優れた生物」と考えることはできない。
環境変化に耐えやすいこと、広い地域に分布していること、多様な餌を利用できること、体が小さいことなどが生存に有利に働く場合はある。しかし、どの特徴が有利になるかは絶滅の原因や環境条件によって異なる。
平常時には競争力の高かった生物が急激な環境変化に弱いこともあり、反対に、それまで目立たなかった系統が偶然に近い形で危機を切り抜けることもある。化石記録には不完全さがあるため、絶滅時の選択性について詳細を断定できないケースも少なくない。
さらに、危機を生き延びる能力と、その後の世界で多様化する能力は同じではない。絶滅直後には有利だった特徴が、環境の回復後には必ずしも有利とは限らない。生存、分布拡大、種分化、生態的多様化は区別して考える必要がある。
## 絶滅後の世界は以前の世界には戻らない
絶滅によって種が減少しても、時間がたてば生物多様性が再び増加することがある。しかし、種数が回復することと、失われた生態系が元どおりになることは同じではない。
いったん完全に絶滅した系統は戻ってこない。その系統が持っていた体の構造や生態的特徴も、そのまま復活するわけではない。後に別の生物が似た役割を担うことはあっても、それは異なる進化史を持つ生物によって形成された新しい生態系である。
たとえば、ある時代の海で優勢だった生物群が絶滅した後、別の系統が海底や遊泳域で似た生活様式を獲得することがある。しかし、その捕食関係、繁殖方法、成長速度、環境への影響まで以前と同一になるわけではない。
絶滅からの「回復」とは、過去への復元ではなく、生き残った系統を材料として新しい生態系が組み立てられていく過程だといえる。
## 絶滅は進化を目的地へ導くものではない
生命史を長い時間軸で見ると、大量絶滅の後に大規模な多様化が起こった例がある。そのため、絶滅が進化を促進するために必要だったかのように見えることがある。
しかし、これは結果から過去を見たときに生じやすい錯覚である。白亜紀末の大量絶滅が起きなければ、現在とは異なる生物相になっていた可能性は高いが、どのような世界になっていたかを確実に知ることはできない。また、その絶滅が人類や現代の哺乳類を生み出すために起こったわけでもない。
絶滅が行うのは、未来の生物を選んで準備することではない。既存の系統を失わせ、生態系の関係を変化させることである。その結果として生じた新しい条件のもとで、生き残った生物に突然変異、自然選択、遺伝的浮動、種分化など通常の進化過程が作用し続ける。
そこからどの系統が広がるかは、その時点で存在していた生物と環境の組み合わせに左右される。
## 現在の生物多様性は「生存者の歴史」でもある
現在の地球上には非常に多様な生物が存在するが、その姿だけを見ても生命史全体を理解することはできない。現在の生物は、過去に存在した膨大な系統のうち、生存と絶滅を繰り返した末に残った枝の先端だからである。
現在では少数しか残っていない系統が、過去には非常に多様だった場合もある。逆に、現在きわめて多様な生物群が、かつては生態系の一部を占めるだけの小さな集団だったこともある。
この視点に立つと、生命史は単純な進歩の階段ではなくなる。多様化によって枝が増え、絶滅によって枝が失われ、そのたびに残った系統の間で新しい生態的関係が形成されてきた巨大な分岐の歴史として見えてくる。
絶滅は生命を発展させるために用意された仕組みではない。それでも絶滅が起きるたび、利用される資源、競争相手、捕食者、生息環境の組み合わせは変化し、生き残った系統が進化する舞台そのものが変わってきた。
生命史における絶滅の重要性は、何かを生み出す目的を持つことではなく、**それまで存在していた生態系を不可逆的に変え、その後の進化が進む条件を大きく組み替えてきたこと**にある。