真核生物はどう誕生したのか

## 真核生物の誕生は「複雑な細胞」が現れた転換だった 動物、植物、菌類、そして多くの単細胞生物は、真核生物と呼ばれる。真核細胞にはDNAを収める核があり、細胞内部にはミトコンドリアや小胞体などの構造が発達している。細菌や古細菌に比べると、細胞内を区画し、物質を運び、形を変える仕組みが複雑である。 しかし、最初の真核生物が突然こうした完成形で出現したわけではない。現在の研究から見えてくるのは、古細菌に近い細胞系統と細菌との共生、それ以前から進んでいた細胞構造の変化、さらに長期的な遺伝子の統合が重なって真核細胞が成立したという過程である。 どの変化が先だったのか、核がいつ形成されたのか、ミトコンドリアの獲得が細胞複雑化の原因だったのか結果だったのかについては、現在も議論が続いている。したがって真核生物の起源は、一つの出来事ではなく、複数の段階からなる「真核生物化」として考える方が実態に近い。 ## 出発点には古細菌に近い細胞がいた かつて生物界は、細菌のような単純な細胞から真核生物が独立して枝分かれしたと捉えられることも多かった。しかし分子系統解析が進むにつれ、真核生物の情報処理系には古細菌との強い共通性があることが分かってきた。 とくに重要なのが、21世紀に研究が進んだアスガルド古細菌である。ゲノムを用いた系統解析では、真核生物はアスガルド古細菌に近縁であり、解析によってはその系統の内部に位置すると推定されている。細胞骨格や膜の変形に関係する真核生物型に似たタンパク質もアスガルド古細菌から見つかっており、真核細胞の複雑さにつながる部品の一部は、真核生物成立以前から存在していた可能性が高い。 これは、ある日突然「単純な原核細胞」が核や細胞骨格を一式獲得したという見方とは異なる。真核生物につながる古細菌系統では、すでに細胞の形や内部構造を柔軟に制御するための進化が始まっていたと考えられる。 ただし、現在生きているアスガルド古細菌が、そのまま真核生物の祖先だったわけではない。両者は共通祖先から分岐した系統であり、現在の古細菌を「進化途中の真核生物」とみなすことはできない。 ## 最大の転換は、別の細胞を取り込んだことだった 真核生物の起源を考えるうえで、最も確かな大事件の一つがミトコンドリアの起源である。 ミトコンドリアはもともと独立して生きていた細菌に由来する。祖先的な宿主細胞と細菌との間に共生関係が成立し、やがて細菌側が細胞内小器官として統合されたと考えられている。ミトコンドリアに残るDNAや二重膜、遺伝子の系統関係などは、この細胞内共生起源を支持している。系統解析では、その祖先はアルファプロテオバクテリアに属する細菌系統に求められている。 重要なのは、単に「大きな細胞が小さな細胞を食べた」というだけではないことである。 共生した細菌の遺伝子の多くは失われたり、宿主側のゲノムへ移動したりした。宿主と共生者は次第に単独では元の状態に戻れないほど統合され、一つの新しい細胞システムになった。 このため真核細胞は、単純な一本の祖先系統だけからできているわけではない。遺伝情報を扱う装置などには古細菌系統との強い連続性がある一方、ミトコンドリアをはじめ細菌由来の要素も大量に組み込まれている。真核生物の成立は、系統の分岐だけでなく、異なる系統の融合を含む生命史上の特異な転換だった。 ## ミトコンドリアは先か、複雑な細胞が先か ここで大きな問題が残る。宿主細胞は、細菌を取り込む前からかなり複雑だったのだろうか。それとも共生によってミトコンドリアを獲得したことが、その後の複雑化を可能にしたのだろうか。 この順序はまだ完全には決着していない。 細胞内に別の細胞を取り込むには、膜を大きく変形させる能力や細胞骨格が必要だったように思える。そのため、ある程度複雑化した宿主が先に存在したというモデルが考えられる。一方、ミトコンドリアによるエネルギー代謝の変化が、巨大なゲノムや複雑な細胞構造を維持する条件を整えたという考え方もある。 系統解析からミトコンドリア獲得の相対的な時期を推定する研究も行われているが、初期の真核生物化で起きた出来事の順序にはなお不確実性がある。 さらに、共生そのものがどのように始まったかも確定していない。捕食によって細菌を取り込んだとするモデルだけでなく、異なる微生物が代謝産物を交換する共生関係から、次第に物理的な結合が深まったとするモデルも提案されている。 したがって「古細菌が細菌を食べて真核生物になった」という一文だけでは、現在の研究状況を正確には表せない。 ## 核はどのように生まれたのか 真核生物という名称の由来でもある核については、ミトコンドリア以上に起源が分かっていない。 核膜はDNAを細胞質から隔て、核膜の外側は小胞体と連続している。この構造から、祖先細胞の膜系が発達し、DNAを囲むようになったというモデルが考えられてきた。しかし、その具体的な過程を化石から直接追跡することはできない。 核だけではない。小胞体、ゴルジ体、細胞内輸送系、複雑な細胞骨格など、真核細胞を特徴づける仕組みがどの順序で成立したのかも、完全には復元されていない。 一方で、アスガルド古細菌の研究によって、かつて「真核生物だけの発明」と考えられやすかった細胞骨格関連の仕組みの一部に、より古い起源があることが示されてきた。アスガルド古細菌に見つかるアクチンやチューブリンに関連するタンパク質の研究は、真核細胞の内部構造がゼロから一度に生じたのではないことを示唆している。 ## 酸素の増加だけで真核生物は説明できない 真核生物が成立した原生代には、地球表層の酸素環境も大きく変化していた。 ミトコンドリアは酸素を利用する呼吸と深く関係しているため、大気や海洋の酸素化が真核生物の進化を促したと考えるのは自然である。しかし「酸素が増えたから真核生物が誕生した」という単純な因果関係は証明されていない。 初期の海洋では酸素に富む場所と乏しい場所が併存し、酸素化も一方向に滑らかに進んだわけではなかった。また、現在の真核生物のなかにも低酸素環境で生きるものがおり、ミトコンドリアから派生した細胞小器官を利用して酸素なしで代謝する系統も存在する。 地球環境の変化は真核生物化の背景条件の一つだった可能性が高いが、酸素、宿主側の細胞構造、微生物同士の代謝関係、細胞内共生などを切り離して一つだけを原因とすることは難しい。 ## 最後の共通祖先は、すでにかなり複雑だった 長い真核生物化の過程を経たあと、現生真核生物すべてにつながる「最後の真核生物共通祖先」、LECAが存在したと考えられている。 LECAは最初の真核生物そのものではない。真核生物化が始まってからLECAに至るまでには、現在残っていない多くの中間的な系統が存在したはずである。 現生生物に共通する特徴を比較すると、LECAの段階ではすでにミトコンドリア、複雑な細胞骨格、細胞内膜系、遺伝子発現を制御する仕組みなど、真核細胞を特徴づける多くの機能が成立していたと推定される。遺伝子内のイントロンについても、LECA以前にかなり広がっていたことを示す研究がある。 つまり、生命史上もっとも謎の多い区間は、単純な祖先から現在の真核生物へ直接つながる部分ではなく、祖先的な古細菌系統とLECAとの間にある。 その途中で何種類の細胞が関与し、どれほど長い時間をかけて統合が進んだのかについては、今も研究が続いている。 ## 真核生物の誕生が生態系を変えた 真核生物の成立は、単に新しい細胞の型が一つ増えた出来事ではなかった。 細胞骨格や膜輸送系を使えば、細胞は大きくなり、周囲の粒子や他の微生物を取り込めるようになる。捕食する真核微生物が広がれば、それまで微生物同士の代謝関係を中心としていた生態系に、新しい捕食―被食関係が加わる。 その後、一部の真核生物はさらにシアノバクテリアを細胞内に取り込み、葉緑体を成立させた。これが植物や藻類につながる一次共生である。こうして細菌と古細菌を中心としていた地球の生命圏に、真核生物という新しい系統が加わり、やがて大型藻類、多細胞生物、動物、植物、菌類へと続く生態系の前提が整っていった。 ただし、真核生物の誕生を「生命が単純から高等へ進歩した瞬間」と捉えるのは適切ではない。細菌と古細菌はその後も消えることなく、多様化を続け、現在も地球規模の物質循環を支えている。 真核生物の成立が示しているのは、生命史が一本の階段を上る過程ではないということである。 古細菌系統で生じていた細胞構造の変化、細菌との共生、遺伝子の移動と統合、そして変動する地球環境。その複数の過程が重なった結果として、既存のどの細胞とも異なる真核細胞が成立した。 私たち自身を構成する細胞も、その遠い時代に起きた異なる生命系統の結び付きの延長線上にある。