始新世の温室地球

始新世は、およそ5600万年前から3400万年前まで続いた新生代初期の時代である。しばしば「温室地球」の代表例として紹介されるが、二千万年以上に及ぶ始新世が一様に暑かったわけではない。前半には新生代でも特に温暖な状態が現れ、その後は長期的な寒冷化へ向かった。始新世の重要性は、単に「昔の地球は暑かった」という点ではなく、温室効果ガス、海洋、大陸配置、生物圏が相互に作用しながら、氷床の乏しい世界から南極氷床をもつ世界へ移っていく過程を記録していることにある。 ## 暁新世から引き継いだ温暖な地球 始新世の前にあたる暁新世には、すでに現在より温暖な気候が広がっていた。白亜紀末の大量絶滅によって非鳥類型恐竜などが姿を消した後、陸上では哺乳類や鳥類を含む生態系の再編が進んでいた。始新世は、その再編の途中で地球がさらに強い温暖化を経験するところから始まる。 象徴的なのが、約5600万年前の暁新世・始新世境界付近に起きた暁新世―始新世温暖化極大、PETMである。大量の炭素が比較的短期間に大気・海洋系へ加わり、世界の平均気温は数度上昇したと推定されている。炭素がどこから、どの割合で放出されたのかについては火山活動、海底や堆積物に蓄えられた炭素など複数の要因が研究されており、単一の原因に確定しているわけではない。 重要なのは、PETMを始新世全体の通常状態と考えないことである。これは長い温室期の中に生じた急激な温暖化イベントだった。その後も高温状態は続き、始新世前期には「始新世前期気候最適期(EECO)」と呼ばれる持続的に非常に暖かい時期に達した。EECOは、新生代における最後の本格的な温室気候のピークの一つとみなされている。 ## 「温室地球」とは極地まで暖かい地球だった 現代の地球では、赤道付近と極域との温度差が大きい。しかし始新世前期には、この緯度方向の温度差が現在より小さかったと考えられている。 化石植物や地球化学的な指標からは、高緯度地域でも森林が成立していたことが分かる。北極圏周辺では、現在ならはるかに低緯度に分布する植物群が存在し、研究によってはヤシ類が生育可能なほど冬が温暖だったと推定されている。南極大陸にも森林植生が広がっていた。 これは「極地が熱帯そのものだった」という意味ではない。極夜や季節変化は存在したし、地域差も大きい。ただし現在のような巨大な恒久氷床が気候を支配する地球とは、基本的な状態が異なっていた。 その背景には高い大気中二酸化炭素濃度が重要な役割を果たしたと考えられている。ただし始新世の二酸化炭素濃度については、化石土壌、植物、ホウ素同位体など異なる指標から得られる推定値に幅があり、「始新世には常に何ppmだった」と一つの数字で表すことはできない。それでも、二酸化炭素濃度と気温の変化が深く関係していたことを示す証拠は蓄積している。 ## 温暖化は生物にとって単純な「好条件」ではなかった 暖かい地球では、熱帯・亜熱帯的な生態系が高緯度まで広がることができる。陸地どうしの接続状態も現在とは異なっていたため、生物の分布域拡大や大陸間移動が起こり、生物相の組み替えが進んだ。 一方、急激な温暖化は大きな環境ストレスにもなった。PETMでは、温暖化と同時に海洋へ大量の炭素が入ったことで海水の化学状態が変化し、海洋酸性化が進んだことが地球化学的記録から示されている。深海では底生有孔虫に大規模な絶滅が起きた。 陸上でも、生物が単に北へ移動して終わったわけではない。植生の分布、降水量、季節性、食物資源が変化し、それに応じて動物群も変化した。PETMなどの急激な温暖化期には、一部の哺乳類で一時的な小型化が確認されている。体格変化には気温だけでなく、食物の質や生態条件など複数の要因が関係した可能性があり、単純に「暑いから小さくなった」と断定することはできない。 ## 哺乳類の時代は、温室地球の中で形づくられた 始新世は、現代につながる多くの哺乳類系統が生態的な多様性を拡大した時代でもある。 白亜紀末の大量絶滅後、哺乳類はすでに暁新世から多様化していた。そのため「恐竜が絶滅したので、すぐに現代型哺乳類が現れた」と考えるのは正確ではない。数百万年以上にわたる生態系の再編の上に、始新世の温暖な環境、大陸間の移動経路、植生変化などが重なった。 その中でも劇的なのが鯨類の進化である。始新世初期のクジラの祖先は陸上生活能力を残していたが、その後、半水生から完全な海生へと移行した系統が現れた。始新世後期には、すでに完全に海洋生活へ適応した原始的なクジラ類が世界の海に分布していた。 この変化は、生物の進化が気候だけで決まるわけではないことも示している。海洋という巨大な生態的空間、餌資源、捕食関係、身体構造の変化などが重なり、陸上哺乳類の一系統が海へ進出した。温室地球はその舞台ではあったが、「温暖化がクジラを生んだ」と一本の因果関係で説明することはできない。 ## 始新世の途中から地球は冷え始めた 始新世を特徴づけるもう一つの大きな変化は、前半の極端な温暖状態がそのまま続かなかったことである。 EECOを過ぎると、多少の温暖化イベントを挟みながらも、地球は全体として長期的な寒冷化へ向かった。深海温度などの記録にも、始新世前期から後期へ向けた大きな低下が残されている。 この寒冷化には、大気中二酸化炭素の長期的な減少が重要だったと考えられている。ただし、なぜ二酸化炭素が減少したのかについては、岩石の風化、有機炭素の埋没、火山からの供給量の変化など、長期炭素循環に関わる複数の過程を考える必要がある。 同時に、大陸も動き続けていた。南極大陸と周辺大陸の位置関係が変化し、南大洋の海流構造も変わっていった。かつては「南極が海流によって隔離されたため氷床が生まれた」という説明が強調されることもあったが、現在では大気中二酸化炭素の低下と海洋ゲートウェイの変化の双方を含む地球システム全体の問題として研究されている。両者の相対的な重要性については議論が続いている。 ## 温室地球の終わりが生態系を再編した 約3400万年前、始新世から漸新世への移行期に、地球の気候は大きく変化した。南極では大規模な氷床が発達し、地球はそれまでの温室状態から、極域に恒久的な氷をもつ「氷室地球」へ近づいていった。 この変化は、単に平均気温が低下したというだけではない。氷床の形成は海水準を変化させ、海洋循環や沿岸環境にも影響する。陸上では植生帯の位置や季節性が変わり、それまで温暖な森林環境に適応していた生物群にも新たな選択圧が生じた。 ただし、始新世末に世界中の森林が突然草原へ置き換わったわけではない。地域によって変化の時期や程度は異なり、本格的な草原生態系の拡大にはさらに長い時間を要した。地球規模の気候転換と地域ごとの生態系変化を同じ出来事として単純化しないことが重要である。 ## 始新世が示す、気候と生命の双方向の歴史 始新世の温室地球を見ると、生命史と気候史を別々に考えることが難しいと分かる。 大気中の温室効果ガスが増減すれば、気温、降水、植生、海洋循環が変わる。環境が変われば、生物は移動し、絶滅し、あるいは新しい生態的地位へ進出する。一方で植物による炭素固定、有機物の埋没、岩石風化に対する植生の影響など、生物圏そのものも長期的な炭素循環に関与する。 始新世は「暖かい世界」から「冷え始める世界」への長い転換期だった。その間に哺乳類は多様化し、クジラは海へ進出し、熱帯的な森林は高緯度まで広がった。そして気候が冷却へ向かうにつれて、生態系も再び組み替えられていった。 地球生命史という視点から見れば、始新世の最大の特徴は高温そのものではない。**大気・海洋・大陸・生物が相互作用することで、地球全体の環境状態が長い時間をかけて別の状態へ移行していったこと**にある。始新世は、生命が一定の環境の中で進化してきたのではなく、変動する地球そのものを舞台として進化してきたことを示す代表的な時代なのである。