細胞内共生とは何か

## 細胞が「別の細胞を内部に住まわせる」という転換 現在の動物、植物、菌類などを形づくる真核細胞には、細胞核だけでなく、ミトコンドリアなどの細胞小器官が存在する。植物や藻類の多くは、さらに葉緑体をもつ。 これらのうちミトコンドリアと葉緑体は、もともと独立して生きていた細菌に由来すると考えられている。ある細胞が別の細胞を取り込み、消化せずに内部で共存する関係が成立し、それが長い進化の過程で一体化した。この考え方が**細胞内共生説**である。 重要なのは、単に「細胞の中に別の生物が入った」という出来事ではない。異なる生物だったものが、世代を重ねるうちに互いなしでは成り立ちにくい一つの生命システムへ変化したことにある。 細胞内共生は、生命史において、それまで別々だった進化の系統が結びつき、新しい細胞の仕組みを生み出した大きな転換だった。 ## 細胞内共生以前の世界 地球上で最初に現れた生命は、現在の細菌や古細菌のような、核をもたない単純な構造の細胞だったと考えられている。 ただし、「単純」という言葉は能力が低かったことを意味しない。原核生物は長い進化の中で、発酵、光合成、硫黄化合物の利用、メタン生成など、多様な代謝を発達させていた。 生命史の初期には、一つの細胞があらゆる化学反応を自前で行う必要はなかった。異なる代謝能力をもつ生物が同じ環境に暮らし、ある生物の排出物を別の生物が利用するような生態系が形成されていたと考えられる。 その中で重要な環境変化の一つとなったのが、酸素の増加である。 酸素発生型光合成を行うシアノバクテリアの活動によって、海洋や大気に酸素が蓄積するようになった。酸素は当時の多くの生物にとって有害だった一方、酸素を使う呼吸は、条件が整えば有機物から効率よくエネルギーを得ることができる。 こうした環境の変化と微生物の多様化が、後の細胞内共生が成立する背景の一部になったと考えられている。 ただし、酸素の増加だけを「真核生物誕生の原因」とすることはできない。真核細胞の成立には、細胞膜、遺伝情報の管理、細胞骨格、エネルギー代謝など複数の仕組みが関係しており、その進化の順序については現在も議論が続いている。 ## ミトコンドリアはかつて細菌だった 真核細胞の細胞内共生を考えるうえで中心になるのがミトコンドリアである。 ミトコンドリアは酸素を利用した呼吸に深く関わり、細胞が利用できるエネルギーを生産する。動物や植物だけでなく、多くの真核生物がミトコンドリア、あるいはそれに由来する細胞小器官をもっている。 ミトコンドリアの祖先は、細菌の一系統だったと考えられている。 その根拠は一つではない。 ミトコンドリアは細胞核とは別に独自のDNAをもち、そのDNAや遺伝子の特徴は細菌との共通性を示す。また、細胞内で分裂によって増え、膜の構造などにも細菌由来と理解できる特徴が残されている。分子系統解析からも、ミトコンドリアが細菌に由来するという見方は強く支持されている。 一方、宿主となった細胞がどのような生物で、どのような過程でミトコンドリアの祖先を取り込んだのかについては、細部まで確定しているわけではない。 現在の研究では、真核生物の成立に古細菌系統の宿主と細菌系統の共生者が関わったという理解が有力である。しかし、共生が始まる前に宿主がどの程度「真核細胞らしい」構造をすでにもっていたのかなどには議論がある。 ## 捕食ではなく、共生が続いた 細胞が別の細胞を取り込んだとしても、それだけでは新しい細胞小器官にはならない。 通常なら、取り込まれた細胞は消化されるか、宿主から逃げるか、宿主を傷つける可能性もある。細胞内共生が成立するには、両者の関係が世代を超えて維持される必要がある。 なぜ最初の共生が成立したのかは、直接観察できる出来事ではないため完全には分からない。 共生者が宿主の代謝産物を利用し、宿主側が共生者の生み出すエネルギーや代謝能力から利益を受けた可能性などが考えられている。ただし、最初から双方に利益のある完成した関係だったと断定することはできない。 長い時間の中で重要な変化が起きた。 共生者がもっていた遺伝子の一部が失われたり、宿主の核ゲノムへ移動したりしたのである。その結果、かつて独立して生きられた共生者は、次第に宿主細胞から離れて生存できなくなった。 宿主側もまた、共生者の機能に依存するようになった。 こうして「二つの生物の共生」は、「一つの細胞を構成する複数の部分」へ変化していった。 ## 葉緑体も細胞内共生から生まれた 細胞内共生はミトコンドリアだけで終わらなかった。 植物や藻類が光合成に利用する葉緑体も、もともとはシアノバクテリアに近い光合成生物だったと考えられている。 すでにミトコンドリアをもつ真核生物の一系統が、シアノバクテリアを細胞内に取り込み、その共生関係が固定された。これを**一次共生**と呼ぶ。 その結果、真核細胞は光エネルギーを利用して有機物をつくる能力を獲得した。 しかし生命史はさらに複雑である。 一次共生によって葉緑体を獲得した藻類そのものを、別の真核生物が取り込んだ例もある。これが**二次共生**である。さらに複雑な共生過程が関与したと考えられる系統も存在する。 そのため現在の藻類は、単純に一度だけ起きた細胞内共生から枝分かれした集団ではない。異なる真核生物どうしの取り込みと共生が繰り返され、光合成能力が複数の系統へ広がっていった。 ## 一つの系統が進化しただけではない 細胞内共生が示す生命史の特徴は、進化が必ずしも一つの系統の内部だけで進むわけではないということである。 通常、進化は親から子へ遺伝情報が伝わり、世代を重ねながら変化していく姿として説明される。 細胞内共生では、それまで別々に進化していた系統が結びついた。 宿主は宿主として長い進化の歴史をもち、共生者もまた別の進化史をもっていた。その二つが一つの細胞の中に統合されたのである。 したがって真核細胞は、単純に一種類の祖先細胞が徐々に複雑になった結果としてだけ理解することはできない。 少なくともミトコンドリアについては、異なる系統の融合が現在の真核細胞の成立に深く関わっている。 ## エネルギーの利用と細胞の複雑化 ミトコンドリアの獲得が真核生物の複雑化にどこまで直接的な役割を果たしたのかについては議論がある。 ミトコンドリアによる効率的なエネルギー生産が、大きなゲノムや複雑な細胞構造の維持を可能にし、その後の真核生物の多様化を促したという考え方がある。 一方で、エネルギー利用だけで真核細胞の複雑化全体を説明できるわけではない。 細胞骨格、膜輸送、遺伝子制御、有性生殖など、多くの仕組みが組み合わさって真核生物の多様性は形成された。どの特徴が先に成立し、互いにどのような影響を与えたのかには未解明な部分が残る。 それでも、ミトコンドリアの獲得が真核生物の共通祖先より前の非常に重要な段階で起きたことは、真核生物の進化を理解するうえで欠かせない。 ## 細胞内共生が生態系を変えていく 細胞内共生による影響は細胞の内部だけにとどまらなかった。 真核生物が多様化すると、単細胞の捕食者や藻類などが広がり、微生物どうしの捕食関係や物質循環も複雑になった。 さらに葉緑体をもつ真核生物の登場と多様化によって、海洋の一次生産を担う生物の構成も大きく変化していった。 その後、多細胞の藻類や植物が進化すると、光合成によって固定された炭素は、より複雑な食物網を支える基盤となる。陸上植物の成立後には、陸上生態系そのものが大きく変化していった。 もちろん、これらすべてを細胞内共生だけの結果と考えることはできない。海洋化学、気候、大陸配置、栄養塩、生物間相互作用など、多くの要因が生命の多様化に関わっている。 しかし、その後の動物、植物、菌類、さまざまな原生生物が成立するための細胞レベルの土台に、細胞内共生があったことは重要である。 ## 地球生命史から見た細胞内共生 細胞内共生は、「強い生物が弱い生物を取り込んだ」という単純な物語ではない。 異なる代謝能力をもつ微生物がすでに存在し、地球環境が変化し、生物どうしの相互作用が長期間続く中で、別々の細胞が一つの生命システムへ統合された。 ミトコンドリアの祖先となった細菌と宿主細胞の共生は、真核生物の成立と深く結びついた。さらにシアノバクテリアとの共生によって葉緑体が成立し、光合成を行う真核生物が生まれた。そして、その光合成能力は二次共生などを通じてさらに多くの系統へ広がった。 生命史は、枝分かれだけで進んできたのではない。 ときには別々の枝が結びつき、その結合そのものが新しい進化の出発点になる。 私たちの細胞に存在するミトコンドリアは、その痕跡を現在まで残している。植物の葉緑体も同じである。 細胞内共生とは、異なる生物が共に暮らしたというだけの現象ではなく、**「個体とは何か」「一つの生命とは何か」という境界そのものが、進化によって変わり得ることを示す出来事**なのである。