白亜紀末大量絶滅
約6600万年前、白亜紀と古第三紀の境界で起きた大量絶滅は、地球生命史のなかでも特に大きな転換点だった。非鳥類型恐竜が姿を消した出来事として知られるが、実際の影響は恐竜だけにとどまらない。海ではアンモナイトや多くの浮遊性生物が失われ、陸上でも植物、爬虫類、鳥類、哺乳類など多くの系統が打撃を受けた。化石記録からは、全生物種のおよそ4分の3が失われたと推定されている。
この絶滅は、現在のメキシコ・ユカタン半島付近に形成されたチクシュルーブ・クレーターを生んだ巨大天体衝突とほぼ同時に起きた。現在では、この衝突が大量絶滅を引き起こした主要な契機だったという見方が強い。一方、その前後にはインドのデカントラップで大規模な火山活動が続いており、白亜紀末の生命世界は衝突の瞬間まで完全に安定していたわけでもなかった。
## 絶滅の前から地球環境は変化していた
白亜紀後期の地球は、長期的には温暖な「温室地球」だった。しかし白亜紀末に近づくにつれて、気候、海水準、大陸配置、生物群集は変化を続けていた。さらにインドではデカントラップと呼ばれる巨大火成岩地域を形成する火山活動が進行し、大量の溶岩が繰り返し噴出していた。
火山活動は二酸化炭素などを放出して長期的な温暖化を促す一方、硫黄化合物を大気中に供給すれば、短期的には日射を遮って寒冷化を起こす可能性がある。実際、白亜紀末にはデカン火山活動と関連すると考えられる気候変動の証拠が報告されている。
ただし、「恐竜は衝突以前から衰退していたのか」という問題については結論が出ていない。一部の研究では、いくつかの主要な恐竜系統で数百万年以上前から多様性が低下していた可能性が示されている。 一方、化石が残りやすい地域や地層の偏りを補正すると、明確な長期衰退を支持できないとする研究もある。
したがって白亜紀末を、「すでに死にかけていた恐竜に隕石が最後の一撃を与えた」と単純化するのは適切ではない。絶滅前の生態系には地域差があり、変化していた集団もあれば、衝突直前まで繁栄していた集団もあったと考えるほうが、現在の証拠に合っている。
## 天体衝突は何を引き起こしたのか
約6600万年前、直径約10キロメートル規模と推定される天体が現在のユカタン半島付近に衝突し、直径約180キロメートルのチクシュルーブ・クレーターを形成した。世界各地の白亜紀・古第三紀境界にはイリジウムなど白金族元素に富む薄い地層が確認されており、巨大衝突が世界規模の出来事だったことを示す重要な証拠になっている。
衝突地点周辺では巨大地震、津波、高温の噴出物などが生じた。しかし大量絶滅を世界規模にしたのは、衝突地点から遠く離れた地域にも及んだ大気と海洋の変化だったと考えられている。
衝突によって岩石や堆積物が蒸発・粉砕され、微粒子、硫黄を含む物質、すすなどが大気中へ放出された。それらが太陽光を遮れば、地表は急速に暗くなり、気温も低下する。「衝突の冬」と呼ばれる状態である。暗闇が続けば陸上植物や海洋植物プランクトンの光合成が低下し、生態系の基礎となる一次生産そのものが急減する。モデル研究でも、このような衝突後の寒冷化が恐竜の生息可能環境を急速に失わせ得たことが示されている。
海では別の問題も起きた。衝突後の炭素循環や海水化学の変化を調べた研究からは、急速な海洋酸性化が起こった可能性が示されている。 つまり白亜紀末の危機は、単に「巨大隕石が生物を直接焼き殺した」という出来事ではない。衝突が大気、気候、光合成、食物網、海洋化学を連鎖的に変化させたことで、地球規模の生態系危機へ拡大したのである。
## デカン火山活動は原因だったのか
白亜紀末大量絶滅をめぐっては、長く「天体衝突か火山活動か」という議論が続いてきた。現在もデカン火山活動の影響の大きさには議論があるが、両者を完全な二者択一として考える必要はない。
高精度年代測定によって、デカン火山活動の大規模な噴火がチクシュルーブ衝突の前後にわたって起きていたことが明らかになっている。 火山活動は衝突以前の気候や海洋環境を変化させ、生態系に一定の圧力を加えていた可能性がある。
ただし、絶滅そのものの急激なタイミングや、衝突後に予想される環境変化を比較した研究では、チクシュルーブ衝突を主要な絶滅要因とみなす結果が多い。2020年の研究でも、デカン火山活動による気候変化は認めつつ、大量絶滅そのものについては衝突の影響が中心だったと結論づけられている。
したがって現在の理解に近いのは、「火山か隕石か」のどちらか一つを選ぶ物語ではなく、すでに変動していた地球システムに巨大衝突という極端に急速な撹乱が加わった、と捉えることである。
## 絶滅はすべての生物に同じように起きたわけではない
大量絶滅という言葉からは、生物が無差別に消えたように感じられる。しかし実際には、生き残りやすさには大きな差があった。
陸上では非鳥類型恐竜が絶滅した一方、鳥類の一部、哺乳類、ワニ類、カメ類、両生類などは境界を越えて生き残った。ただし、生き残ったグループも無傷だったわけではない。たとえばトカゲやヘビでも大規模な絶滅が起こったことが化石記録から示されている。
重要なのは、分類群の名前だけではなく、生態系のなかでどのようにエネルギーを得ていたかである。光合成に始まる食物連鎖が急激に弱まれば、大量の新鮮な植物を必要とする大型草食動物と、それを捕食する大型肉食動物は大きな影響を受ける。一方、種子、腐植、死骸などを利用できる小型動物や、淡水環境のデトリタス食物網は、一次生産の急減に対して比較的耐えやすかった可能性が指摘されている。
海洋でも選択性があった。アンモナイトは絶滅し、多くの浮遊性プランクトンが大きく減少した一方、海底に暮らす生物のなかには比較的高い生存率を示したものもあった。海の表層で光合成に依存する食物網が強く破壊されたことが、この差の一因だった可能性がある。
## 絶滅が終わっても、生態系はすぐ元には戻らなかった
大量絶滅の「終わり」をどこに置くかは簡単ではない。多くの生物が消えた時間は地質学的には非常に短かったとしても、生態系の再建にははるかに長い時間が必要だった。
衝突後にはまず、生き残った少数の生物が撹乱された環境を利用した。そこから植物群集、昆虫、魚類、鳥類、哺乳類などが異なる速度で回復していった。地域によっても回復速度は異なり、「数年後には元通り」というような単純な過程ではなかった。
北米の陸上化石記録では、絶滅後およそ10万年という地質学的には短い期間のうちに哺乳類の体サイズが再び増大し始め、その後も植物相の回復などと並行して多様化が進んだことが示されている。
海洋でも、白亜紀の生態系がそのまま復元されたわけではない。大量絶滅を境に魚類群集の構成が変わり、後の新生代へつながる新しい海洋生態系が形成されていった。
つまり「回復」とは、失われた白亜紀の世界を再建することではなかった。生き残った系統を材料として、別の生態系が組み立てられていく過程だったのである。
## 大量絶滅が新生代の生命史を変えた
白亜紀末大量絶滅によって非鳥類型恐竜が消えたからといって、哺乳類がその翌日から地上を支配したわけではない。哺乳類そのものは恐竜時代からすでに存在していたし、初期の古第三紀にも生態系の再編には長い時間が必要だった。
それでも、大型恐竜を含む多数の生物が失われたことで、それまで占有されていた多くの生態的地位が空いた。古第三紀には哺乳類、現生鳥類につながる系統、硬骨魚類など、生き残ったさまざまなグループで多様化が進んでいく。ヘビなどでも白亜紀末の絶滅を越えた系統から新たな多様化が起きた可能性が示されている。
この意味で、白亜紀末大量絶滅は「恐竜の時代の終わり」であるだけではない。白亜紀まで数千万年以上かけて形成されてきた生態系が急激に解体され、その後の数百万年から数千万年にわたる新しい進化の方向を生み出した境界でもある。
地球生命史では、絶滅と進化は独立した出来事ではない。環境変化によって生態系が崩壊すると、生き残った系統同士の競争関係や利用できる資源も変化する。その結果、以前には脇役だった生物が新しい環境で多様化することがある。
白亜紀末の出来事が示しているのは、巨大衝突そのものの恐ろしさだけではない。地球環境が急激に変わったとき、その影響が食物網を通じて増幅され、どの系統が生き残るかによって、その後何千万年もの生命史の方向まで変わり得るということである。