生態的空席とは何か
大量絶滅の後には、それまである生物が利用していた食物や生息場所が、別の生物に利用されるようになることがある。このような状況を説明するとき、「生態的空席」という表現が使われる。
たとえば、大型の捕食者が絶滅すれば、その捕食者が利用していた獲物や活動空間を利用する生物が少なくなることがある。植物を食べる大型動物が減れば、植物と動物の関係も変化する。海底で濾過摂食をしていた生物群が衰退すれば、同じような資源を利用する別の系統が広がる可能性が生じる。
ただし、生態的空席を「自然界に最初から用意されていた空の席」と考えるのは正確ではない。
生態的地位、つまりニッチは、単なる場所ではない。何を食べるか、どこで生活するか、いつ活動するか、どのような環境条件に耐えられるか、捕食者や競争相手とどのような関係を持つかといった、多数の要素によって成り立っている。そのため、ある生物が絶滅した後に、まったく同じ役割を別の生物が引き継ぐとは限らない。
生態的空席とは、絶滅などによって生物間の関係が組み替えられ、それまで利用しにくかった資源や生活様式を生き残った生物が利用できるようになる状況を、わかりやすく表した言葉だと考えるとよい。
絶滅は「次の生物のため」に起こるわけではない
生命史を見ると、大量絶滅の後に新しい生物群が多様化する例が繰り返し現れる。そのため、「古い生物が絶滅して、新しい生物に場所を譲った」と説明したくなることがある。
しかし、これは結果から過去を見た目的論的な解釈である。
絶滅は、後に登場する生物を繁栄させるために起こるわけではない。急激な気候変化、海洋環境の変化、火山活動、天体衝突などによって環境条件が変化した結果、それに耐えられなかった集団や系統が減少する。どの系統が生き残るかにも、体の特徴や生活様式だけでなく、分布域や個体数、偶然性など多くの要因が関係する。
そして絶滅の後、生態系には以前とは異なる状態が残される。
競争相手が少なくなっているかもしれない。捕食者が減っているかもしれない。それまで大量に利用されていた食物資源が残っているかもしれない。逆に、ある生物の絶滅によって、それを食物としていた生物まで減少することもある。
つまり大量絶滅は、単純に「席を空ける現象」ではない。生態系そのものを大きく組み替える現象なのである。
生き残った系統に生じる「生態的機会」
生態的空席と密接に関係する考え方に、「生態的機会」がある。
環境が変化し、競争相手や捕食者が減少したとき、生き残った生物にとって、それまで十分に利用できなかった資源を利用する機会が増えることがある。こうした条件では、異なる生活様式を持つ集団が分かれ、多様化が進む可能性がある。
この過程は、必ずしも大量絶滅だけによって起こるわけではない。
新しい島への進出、新しい湖の形成、山脈の形成による環境の分断、新しい食物資源の出現などでも生態的機会は生じる。ある系統が新しい形質を獲得し、以前は利用できなかった資源を利用できるようになることもある。
したがって、生態的空席を理解するうえでは、「空いている場所を生物が探して入る」というより、「環境と生物間関係が変化した結果、新しい進化の可能性が生じる」と考えるほうが実態に近い。
大量絶滅後に多様化する生物たち
大量絶滅後の生態的機会を考える代表的な例の一つが、約6600万年前の白亜紀末の大量絶滅である。
この出来事では、鳥類を除く恐竜をはじめ、多くの陸上・海洋生物が絶滅した。その後の新生代には哺乳類が大きく多様化し、陸上では大型草食動物、捕食者、樹上生活者、水中生活者など、さまざまな生活様式を持つ系統が現れた。
ここから「恐竜が絶滅したから哺乳類が誕生した」と考えてはいけない。哺乳類そのものは恐竜が繁栄していた中生代から存在していた。白亜紀末の絶滅を生き延びた哺乳類の系統が、その後の環境で多様化したのである。
また、恐竜の絶滅によって哺乳類のための決まった席が残されたわけでもない。新生代の生態系は中生代の生態系をそのまま再現したものではなく、生き残った植物、昆虫、鳥類、爬虫類、哺乳類などが相互作用しながら、新しい生態系を形成していった。
同じことは海洋にもいえる。大量絶滅によってある生物群が衰退すると、それまで存在していた食物網や競争関係が崩れる。その後に多様化する生物は、失われた生物を完全に置き換えるのではなく、新しい環境のもとで新しい生態系を形成する。
「同じニッチ」が復活するとは限らない
生態的空席という表現には、もう一つ注意点がある。
似た生活様式の生物が後に現れたとしても、それを「同じ席に座った」と単純化することはできない。
たとえば、ある時代の海に大型捕食者が存在し、その系統が絶滅した後、別の大型捕食者が進化したとする。両者は「大型の海洋捕食者」という点では似ていても、獲物、遊泳方法、繁殖方法、代謝、生息域などは異なる可能性がある。
絶滅した生物が持っていた生態的役割の一部が、後の別系統によって似た形で担われることはある。しかし、生態系全体の条件が異なれば、まったく同じニッチが再現されるわけではない。
このことは、生命史が同じ状態を繰り返しているわけではないことを示している。
多様化は自動的に起こるわけではない
生態的空席が生じても、生物が必ず急速に多様化するとは限らない。
多様化には、利用できる遺伝的変異、個体群の分断、繁殖様式、環境条件、他の生物との相互作用などが関係する。生態的機会が存在していても、それを利用できる特徴を持つ系統が存在しなければ、新しい生活様式への進出は進まないかもしれない。
また、大量絶滅直後の環境が厳しい場合には、生態系の回復そのものに長い時間が必要になることもある。
大量絶滅の境界を越えた瞬間に、新しい生態系が完成するわけではない。まず生き残った集団が増え、食物網が再構築され、その後に異なる環境や資源を利用する系統が分化していく。地質学的には比較的短期間に見える多様化であっても、多数の世代を経た進化の積み重ねである。
絶滅と多様化は一つの因果では結べない
生命史では、絶滅と多様化がしばしば隣り合って見える。
しかし、「大量絶滅が起こる→空席ができる→新しい生物が進化する」という一直線の図式だけでは十分ではない。
大量絶滅は多くの系統を失わせ、生態系の複雑な関係を断ち切る。一方、生き残った系統から見れば、競争や捕食の圧力が変化し、新しい資源を利用できる可能性が生じることがある。その後の多様化は、そうした生態的機会と、生物自身が持つ形質や進化可能性、さらに変化し続ける環境との組み合わせによって進む。
重要なのは、絶滅を「進化を進めるための仕組み」と考えないことである。
絶滅には目的も将来の計画もない。その結果として生態系の構成が変わり、偶然生き残った系統の一部に新しい進化の可能性が開かれる。その可能性から、新しい生態系が形成されることがある。
生態的空席という考え方は、この「失われたもの」と「その後に生じた可能性」の関係を理解するために役立つ。ただし空席とは固定された椅子ではなく、生物と環境の関係が変化することで生まれる、新たな生態的機会なのである。