デボン紀には生命に何が起きたか
デボン紀は、およそ4億2000万年前から3億5900万年前まで続いた時代である。しばしば「魚の時代」と呼ばれるが、生命史の観点から見ると、重要なのは魚が増えたことだけではない。海では脊椎動物の生態が大きく広がり、陸では小さな植物が森林へと発展し、植物の活動そのものが土壌・河川・海洋の環境を変え始めた。そして後半には、海洋環境の不安定化と大規模な生物相の変化が起きた。デボン紀は、生命が環境に適応するだけでなく、生命が地球環境を変える存在になっていく過程が鮮明になった時代といえる。
## デボン紀以前、生命はすでに陸へ進出していた
デボン紀の変化を理解するには、その前のシルル紀までに起きていたことを見る必要がある。
海ではすでに顎をもつ脊椎動物が現れ、魚類の多様化が始まっていた。一方、陸上も完全な無生物世界ではなかった。植物や節足動物などが陸へ進出し、陸上生態系の基礎が形成されつつあった。
したがって、デボン紀を「魚が突然繁栄し、植物が突然陸に現れた時代」と考えるのは正確ではない。むしろ、それ以前から始まっていた変化が拡大し、海と陸の生態系の構造そのものを変える規模に達した時代だった。
とくに重要なのが植物である。デボン紀初期の陸上植物の多くは、後の森林を構成する樹木とは大きく異なっていた。ところがデボン紀を通じて、葉、根、木質組織などを備えた植物が発達し、陸上植生の規模と構造が大きく変わっていった。進化史を長い時間幅で比較すると、デボン紀は植物が小型の地表植生から、立体的な森林生態系を形成する段階へ進んだ時代として際立っている。
## 海では「魚の多様化」が食物網を変えた
デボン紀が「魚の時代」と呼ばれる理由は、単純に魚の個体数が多かったからではない。さまざまな系統の魚類が異なる生活様式を獲得し、脊椎動物が海や淡水の生態系で占める役割が広がったためである。
当時には板皮類をはじめとする装甲をもつ魚類が栄え、軟骨魚類につながる系統、条鰭類につながる系統、肉鰭類なども存在していた。顎の発達は、餌をつかむ、かみ砕く、ほかの動物を捕食するといった行動の幅を広げた。魚類の多様化は、捕食者と被食者の関係を含む水中の食物網を複雑にしていったと考えられる。
ただし、デボン紀の魚類を現代の魚類の単純な未完成版として見るべきではない。当時繁栄した系統の中には、その後完全に絶滅したものも多い。一方、現在まで続く脊椎動物の主要な系統につながるグループも、この時代の生態系の中で多様化していた。
生命史は「古い生物が新しい生物へ順番に置き換わる階段」ではない。複数の系統が同時に分岐し、その一部が繁栄し、一部が消えていく枝分かれの歴史である。デボン紀の海は、そのことをよく示している。
## 陸上では植物が地球そのものを変え始めた
デボン紀のさらに大きな変化は、陸上で起きていた。
植物は次第に大型化し、より発達した根を地中に伸ばすようになった。樹木状の植物が現れ、やがて森林と呼べる生態系が成立する。植物が高く成長すれば、その周囲には日陰や湿度の差が生まれ、地表付近の環境は以前より複雑になる。落ちた植物体は有機物を供給し、根は地面と岩石に作用する。森林の成立は、単に「陸に木が増えた」という出来事ではなく、陸上の物質循環が変わったことを意味する。
根の発達は、とくに重要だったと考えられている。植物とその周辺の微生物は岩石の風化に影響し、土壌形成を促進する。風化によって岩石から溶け出した成分は河川を通じて移動し、その一部は海へ運ばれる。
つまり植物は、太陽光を利用して成長するだけの存在ではなくなった。大陸表面を変え、河川を通じて海へ流れ込む物質の量にも影響するようになったのである。
この変化は、生命と地球環境の関係を見るうえで大きな転換だった。植物は環境に適応して進化したが、その植物の進化によって環境も変化し、変化した環境が再びほかの生物に影響するという相互作用が強まった。
## 森林の発達と海洋環境はつながっていた可能性がある
デボン紀後半には、海で酸素が乏しくなる現象が繰り返し起きたことを示す地質学的証拠がある。こうした海洋の低酸素・無酸素化は、後期デボン紀の生物相の危機と密接に関連していたと考えられている。
その原因については、現在も一つに確定しているわけではない。
有力な考えの一つは、陸上植物の拡大との関係である。深い根をもつ植物が広がり、岩石の風化や土壌形成が活発になると、リンなどの栄養塩が河川を通じて海へ供給される。栄養塩が増えれば海洋の一次生産が増え、その有機物が分解される際に酸素が消費されるため、海底付近の低酸素化を促進する可能性がある。
実際、陸上植物の拡大と栄養塩流出、海洋無酸素化を結びつける仮説は研究されており、地球化学的データや地球システムモデルから検討が続いている。
しかし、「森林ができたため大量絶滅が起きた」と単純に断定することはできない。火山活動、気候変動、海水準変動、海洋循環の変化なども候補として研究されており、それらが複合的に作用した可能性もある。後期デボン紀の環境変動については、原因と結果の順序や各要因の重要度に未解明の部分が残っている。
## 魚から四肢動物へ――しかし「魚が陸へ上がった」という一瞬の事件ではない
デボン紀には、脊椎動物史におけるもう一つの重要な変化も進んでいた。肉鰭類に属する系統の一部から、四肢動物へつながる形態が進化していったことである。
ここでも、「水中の魚がある日陸に上がり、両生類になった」というイメージは正確ではない。
魚類と初期四肢動物の間には、ひれの内部の骨格、頭部、呼吸、体の支持などについてさまざまな特徴を組み合わせた生物が存在した。さらに、中期デボン紀の地層からは指のある四肢動物が残した可能性の高い足跡も知られている。骨格化石だけを並べた単純な一本道では捉えにくい、多様な系統が並存していたことが示されている。
四肢そのものも、最初から陸上歩行専用に完成した器官として現れたわけではない。浅い水域などでの移動や体の支持に役立つ構造が変化し、その後の系統で陸上生活に利用されていった可能性を考える必要がある。
したがってデボン紀の意味は、「魚が陸を征服した」ことではなく、水中を中心に生活していた脊椎動物の一部で、後に陸上生活へつながる身体構造と生態の多様化が進んだことにある。
## 後期デボン紀の危機は一度の瞬間的絶滅ではなかった
デボン紀後半になると、それまで繁栄していた生態系は大きな変化に直面する。
とくに海洋では、フラスニアン末のケルワッサー事変など複数の生物相の危機が起き、その後もデボン紀末まで環境変動と絶滅が続いた。したがって、後期デボン紀の大量絶滅を、隕石衝突のような一度の瞬間的事件だけで説明するイメージは適切ではない。地質学的には、長い時間幅の中で複数の危機が重なった現象として捉える必要がある。
大きな影響を受けたものの一つが、それまで浅い海で発達していた礁生態系だった。サンゴ類やストロマトポロイドなどがつくる大規模な礁は後期デボン紀の危機によって大きく衰退し、その後、同じ構造の生態系がそのまま回復したわけではなかった。
魚類にも大きな入れ替わりが起きた。デボン紀に繁栄した板皮類は最終的に姿を消す一方、デボン紀末を生き残った脊椎動物の系統は、その後の石炭紀に新たな多様化を遂げていく。絶滅は新しい生物を生み出すために起きるわけではないが、生態系から多くの生物が失われれば、捕食者、被食者、生息場所を利用する生物の組み合わせも変わる。その後の進化は、その変化した生態系を出発点として進む。
## デボン紀が残したのは「海から陸へ」という一本道ではない
デボン紀を生命史全体から見ると、最も重要なのは一つの生物群の繁栄ではなく、海と陸が以前より強く結びつき始めたことである。
海では顎をもつ脊椎動物が多様化し、水中の食物網が変化した。陸では根や木質組織をもつ植物が広がり、森林が形成された。植物は土壌や風化、栄養塩の循環に影響し、その変化が河川を経由して海洋環境にまで及んだ可能性がある。そして水辺では、後の陸上脊椎動物につながる系統が多様化していた。
その一方で、デボン紀後半には海洋の低酸素化や気候・海水準などの変動が生態系に強い圧力を与え、それまで繁栄していた礁生態系や脊椎動物群の一部が大きく衰退した。
デボン紀の生命史は、「魚が栄え、魚が陸に上がった時代」という単純な物語ではない。植物、岩石、土壌、河川、大気、海洋、動物が互いに影響し始め、その相互作用が地球規模の環境変化と生物相の入れ替わりにつながっていった時代だった。
そしてこの構図は、次の石炭紀にも引き継がれる。森林はさらに広がり、陸上生態系は複雑化し、デボン紀に現れた四肢動物の系統も新しい環境の中で多様化していく。デボン紀はその意味で、単なる「魚の時代」ではなく、生命が地球表層を大きく作り替える時代への転換点の一つだったのである。