白亜紀の地球環境
## ジュラ紀から受け継いだ温室世界
白亜紀の地球は、ジュラ紀から続く温暖な気候と、超大陸パンゲアの分裂がさらに進んだ世界だった。大西洋は拡大し、南アメリカとアフリカの分離が進み、インドも独立した大陸として移動していった。現在の大陸配置へ向かう変化は始まっていたものの、海と陸の形は現代とは大きく異なっていた。
重要なのは、白亜紀を単に「恐竜が栄えた暖かい時代」と捉えないことである。大陸の分裂、海底拡大、火山活動、大気中の二酸化炭素、海面、海洋循環、生物活動が相互に影響しながら変化し、その結果として陸上と海洋の生態系も組み替えられていった。
ジュラ紀にも温室的な気候は広がっていたが、白亜紀には大陸分裂がさらに進み、広い浅海が大陸内部へ入り込むようになった。つまり白亜紀への移行は、単純な気温の上昇というより、地球表面の「陸と海の配置」が変わり続けた過程でもあった。
## 高い海面がつくった「海の多い大陸」
白亜紀を特徴づける環境の一つが高い海面である。特に白亜紀中頃には、現在よりかなり高い海面だったことを示す地質学的証拠があり、その正確な高さには研究による幅があるものの、大陸の低地が広く海に覆われていたことは確かである。
海面が高かった背景には一つの原因だけがあったわけではない。活発な海底拡大によって海洋底の地形や海盆の容積が変化したこと、温暖な気候のもとで大規模な恒久氷床が発達しにくかったことなど、複数の要因が関係したと考えられている。ただし白亜紀の海面変動をすべて海底拡大だけで説明できるわけではなく、その変動幅や短期的な上下の原因については議論が続いている。
海面上昇によって大陸棚や内海が拡大すると、海岸線は長く複雑になる。北アメリカでは大陸中央部まで海が入り込み、陸地を東西に分けるような巨大な浅海が形成された時期もあった。ヨーロッパなどでも陸地は現在より細かく分断され、多数の島や浅海からなる環境が広がった。
この変化は生物にとって重要だった。浅海には光が届きやすく、大陸から栄養塩も供給されるため、多様な生物が暮らせる場所が生まれる。一方で、海が陸地を分断すれば、陸上生物の集団も地理的に隔離されやすくなる。地形の変化そのものが、生物の分布や進化の条件を変えていたのである。
## 「暖かい白亜紀」も一定ではなかった
白亜紀は一般に温室気候の時代とされ、とりわけ中頃には地質時代の中でも非常に温暖な状態に達した。高緯度地域まで比較的温暖で、現在のような巨大な極域氷床が長期間維持される世界とは大きく異なっていた。後期白亜紀には暖かい海水が高緯度へ運ばれやすい海洋環境が存在したと考えられている。
しかし、「白亜紀は最初から最後まで一様に暑かった」と考えるのは正確ではない。温暖化と冷却が繰り返され、前期白亜紀の一部には従来考えられていたより低温だった可能性を示す研究もある。さらに後期に入ると、白亜紀中頃の極端な温暖状態から長期的に気候が冷却していったことを示す証拠がある。
短期間あるいは地域的な氷の存在を示唆する研究もあり、「白亜紀には氷がまったく存在しなかった」とまで断定することは難しい。白亜紀の温室世界は、安定した一つの状態ではなく、数千万年にわたって変動する気候システムだったと見るほうが適切である。
## 温暖化が海の酸素不足につながった
白亜紀の環境変化を理解するうえで特に重要なのが、海洋無酸素事変と呼ばれる現象である。これは世界の海が完全に無酸素になったという意味ではなく、海洋の広い範囲で溶存酸素が著しく減少した時期を指す。白亜紀にはこうした出来事が複数回発生した。
その背景には、火山活動と気候、生物活動を結ぶ複雑な連鎖があったと考えられている。火山活動などによる二酸化炭素供給が温暖化を促し、温暖で活発な水循環が陸上の岩石風化を強める。そこからリンなどの栄養塩が海へ多く供給されると、植物プランクトンなどの一次生産が増加する。
大量に生産された有機物が沈降し、それを微生物が分解すると酸素が消費される。さらに温暖な海水は酸素を保持しにくく、海洋循環の変化も重なれば、深海や海底付近で低酸素・無酸素状態が広がりやすくなる。近年の研究では、大陸分裂に伴って露出した火山岩の風化から海へ供給されたリンも、こうした無酸素化に寄与した可能性が示されている。
約9400万年前前後の海洋無酸素事変では、大規模な炭素循環の変動と海洋生態系の変化が記録されている。酸素の乏しい海底では有機物が分解されにくいため、有機物に富む黒色頁岩が形成された。これは現在、一部地域の石油・天然ガス資源とも関係する地層になっている。
つまり白亜紀の温暖化は、単に「暖かく暮らしやすい海」を作ったわけではない。温暖化、風化、栄養塩、プランクトン生産、酸素消費が結び付くことで、豊かな生産力と深刻な酸素不足が同時に生じることがあった。
## 陸上では植物の世界が組み替わった
白亜紀初期の陸上では、ジュラ紀から引き続き針葉樹、ソテツ類、シダ類などが重要な植生を構成していた。ところが白亜紀になると被子植物、すなわち花をつける植物が化石記録に明瞭に現れ、急速に多様化していく。初期の被子植物がいつ起源したのかについては分子系統解析と化石記録の間に議論が残るが、白亜紀前半に多様化が進んだことは広く支持されている。
これは植物の種類が増えただけの出来事ではない。森林や河川周辺などの植生構造、葉を食べる動物との関係、花粉を運ぶ動物との関係、落葉や土壌を通した物質循環まで変化する可能性がある。被子植物は白亜紀後半に分布を広げ、現代の陸上生態系につながる植物相の形成が進んでいった。
ただし「花が現れたため昆虫が一斉に進化した」という単純な説明には注意が必要である。昆虫の多くの系統は被子植物より以前から存在しており、近年の研究でも、白亜紀の昆虫多様化には植物だけでなく気候など複数の要因が関与したと考えられている。植物と昆虫は相互作用しながら変化したが、一方がもう一方を単独で生み出したわけではない。
## 海と陸の変化は別々ではなかった
白亜紀の特徴は、地殻変動、気候、生物進化を別々の出来事として扱うだけでは見えにくい。
大陸が分裂すれば新しい海洋が開き、火山活動や海底拡大の状態が変わる。大気中の二酸化炭素が変化すれば気温や降水が変わり、岩石の風化速度も変化する。風化によって海へ運ばれる栄養塩が増えれば海洋生物の生産活動が変わり、それが海水中の酸素や炭素の埋没量にも影響する。植物の進化もまた、陸上の生態系や炭素・水循環に影響を与え得る。
原因と結果は一方向ではない。地球環境が生物を選別する一方で、生物活動も炭素や酸素、栄養塩の循環を通して環境へ作用する。白亜紀の海洋無酸素事変は、固体地球の変動と生物圏が密接につながっていたことを示す代表的な例である。
## 白亜紀末は、それまでの世界の単純な延長ではない
白亜紀後半には、中頃の極端な温暖状態から気候が次第に冷却する一方、大陸配置も変化を続けていた。それでも恐竜を含む多様な陸上脊椎動物、鳥類、哺乳類、被子植物、昆虫、アンモナイトや海生爬虫類などからなる複雑な生態系が存在していた。
約6600万年前、巨大天体の衝突を主要因とする白亜紀末の大量絶滅が起こり、生態系は急激に再編された。これは白亜紀の温室気候が徐々に悪化して恐竜を絶滅させた、というような単純な結末ではない。長期的な気候・海面・火山活動の変化が続くなかで、地質学的には極めて急激な外的攪乱が重なった出来事として理解する必要がある。
その後、恐竜のうち鳥類につながる系統、哺乳類、被子植物など、生き残った系統を中心に新生代の生態系が形成されていく。白亜紀は単なる「恐竜時代の後半」ではない。分裂する大陸、高い海面、温室気候、海洋無酸素化、植物相の転換が相互に結び付き、現在の地球生態系につながる条件が大きく組み替えられた時代だったのである。