石炭紀の酸素濃度上昇

## 石炭紀の「高酸素」は、一度の事件ではない 石炭紀は約3億5900万年前から約2億9900万年前まで続いた時代で、広大な森林と大規模な石炭層の形成で知られる。この時代についてよく語られるのが、「大気中の酸素が現在より多かった」という特徴である。ただし、ある瞬間に酸素濃度が急上昇した単独の事件として理解するのは適切ではない。 大気中の酸素濃度は、デボン紀に陸上植物が拡大した時期から長い時間をかけて変化し、石炭紀からペルム紀初期にかけて高い水準に達したと考えられている。どこまで上昇したかは研究手法によって異なり、過去には30%を超えたとするモデルも提示されてきた。一方で、古い時代の大気を直接測定できるわけではなく、炭素・硫黄循環のモデル、同位体記録、化石木炭などを組み合わせて推定しているため、ピーク値には不確実性がある。重要なのは正確な一点の数字より、後期古生代に酸素が現代の約21%より高かった可能性が高いという大きな傾向である。 ## 前段階では、森林そのものが地球を変え始めていた 酸素濃度上昇の背景は、石炭紀だけでは完結しない。前のデボン紀には維管束植物が大型化し、根を張る森林が各地に広がった。植物は光合成によって二酸化炭素を取り込み、有機物をつくりながら酸素を放出する。しかし、光合成が盛んになるだけでは、大気中の酸素が長期的に増えるとは限らない。 植物がつくった有機物が動物や微生物によって分解されれば、その過程で酸素が消費され、炭素は二酸化炭素として戻る。したがって地質学的な時間尺度で酸素を増やすには、有機炭素の一部が分解されず、堆積物の中に埋没して地表の炭素循環から隔離される必要がある。さらに、黄鉄鉱など還元された硫黄化合物の埋没も、長期的な酸素収支に関わる。大気中の酸素は、植物の生産量だけでなく、炭素と硫黄がどれだけ埋まり、逆に風化や酸化でどれだけ酸素が消費されるかという収支によって決まる。 森林の拡大は、この収支を複数の経路から変えた。根の発達は岩石の化学的風化を促し、河川を通じた栄養塩の移動にも影響した。陸上で生産される有機物の量そのものも増え、河川や湿地、沿岸域へ運ばれる炭素の流れが大きくなった。つまり石炭紀の高酸素状態は、植物が陸を覆った結果だけではなく、植生が土壌、河川、風化、堆積の仕組みまで変えた長期的な地球システムの転換の延長線上にあった。 ## 湿地林と泥炭の埋没が、炭素を地表から隔離した 石炭紀には、当時の赤道付近を中心に大規模な低湿地林が発達した地域があった。ヒカゲノカズラ類の巨大な近縁群、トクサ類、シダ類、種子植物などがつくる森林では、大量の植物遺体が湿地に堆積した。水に覆われた土壌では酸素が不足しやすく、植物遺体の分解が遅くなる。その上に堆積物が重なって泥炭が埋没し、長い時間を経て石炭へ変化した。 この過程は、炭素を大気・海洋・生物圏を循環する系から岩石圏へ移す。炭素が有機物のまま地下に隔離されれば、光合成によって放出された酸素の一部が大気側に残りやすくなる。石炭紀という名称の由来になった膨大な石炭層は、こうした有機炭素の保存が大規模に起きたことを示す記録である。 ただし、「当時は木材を分解できる菌類が存在しなかったため、木が腐らず石炭になった」という単純な説明は現在では支持されにくい。石炭の形成量は、分解能力の有無だけでなく、湿潤な気候、地下水位、森林の生産性、堆積盆地の沈降、海面変動、火災、植物群の構成など多くの条件に左右される。石炭紀以前にも木質成分の分解は起きており、特定の分解菌の出現だけで石炭形成の盛衰を説明するのは難しい。 ## 酸素が増えると、火も地球システムの一部になる 酸素濃度の上昇は、生命に使える酸素を増やすだけではない。燃焼も起こりやすくする。石炭紀からペルム紀の地層では化石木炭が広く見つかり、陸上生態系で火災が繰り返されていたことがわかっている。後期古生代には現代より火災が起こりやすい大気条件だった可能性があり、森林・泥炭地・乾燥した植生などさまざまな環境で火が生態系を変えていたと考えられる。 ここには重要なフィードバックがある。酸素が増えるほど燃焼が起こりやすくなれば、有機物は燃えて二酸化炭素へ戻り、炭素の埋没を減らす方向に働く可能性がある。そのため火災は、酸素が際限なく増えることを抑える仕組みの一つとして考えられてきた。ただし、火災だけで大気酸素の上限が一意に決まるわけではない。植生の回復速度、湿度、燃料の種類、気候条件によって火の影響は大きく変わり、高酸素下でも森林が維持されうることが実験やモデルから示されている。 ## 巨大昆虫は「高酸素だけ」で生まれたわけではない 石炭紀の高酸素状態と結び付けて語られる代表例が、巨大な節足動物である。後期石炭紀からペルム紀には、非常に大型の飛翔昆虫や陸生節足動物が存在した。昆虫は肺ではなく、気管と呼ばれる管のネットワークを通して組織へ酸素を届ける。大気中の酸素分圧が高ければ、この仕組みで大型の体を維持する制約が緩む可能性がある。 実際、古生代の昆虫サイズの変化と酸素濃度の推定値には一定の対応がみられ、高酸素が大型化を可能にした要因の一つだったという仮説には生理学的な根拠がある。しかし、「酸素が多かったから昆虫が巨大化した」と一因だけで説明することはできない。捕食者との関係、飛翔能力、生態的地位、系統ごとの体の構造なども体サイズを左右する。研究では、酸素は最大サイズを制約する重要な要因だった可能性がある一方、生物同士の相互作用も無視できないとされている。 ## 高酸素化は、寒冷化する地球とも無関係ではなかった 有機炭素の大量埋没は、酸素を増やす方向に働くと同時に、二酸化炭素を地表の循環から取り除く方向にも働く。さらに陸上植物による岩石風化の促進は、長期的には大気中の二酸化炭素を減らす作用を持つ。このため、森林の拡大と炭素埋没は、後期古生代の寒冷化や氷床発達に関わった要因の一つと考えられている。 ただし、石炭紀の寒冷化を森林だけで説明することもできない。大陸配置、造山運動、海陸分布、火山活動、海洋循環なども炭素循環と気候に影響した。南半球のゴンドワナ大陸では大規模な氷床が発達し、海水準の上下は熱帯域の湿地の拡大と縮小にも影響した。気候変動が泥炭形成を変え、泥炭形成が炭素循環を変えるという双方向の関係があったとみるほうが、石炭紀の地球像に近い。 ## 森林の変化とともに、高酸素の時代も終わっていった 石炭紀後半には、熱帯の湿潤林が永続的に同じ姿を保っていたわけではない。氷期・間氷期に伴う気候変動や乾燥化、海水準変動などによって森林環境は繰り返し変化し、後期には広大な湿地林が縮小・分断された地域もあった。植物群の構成が変われば、一次生産、火災、泥炭形成、有機炭素の埋没量も変わる。 その結果、大気酸素の収支も変化した。多くのモデルでは酸素濃度は石炭紀からペルム紀初期に高い値を示したのち、ペルム紀を通じて低下する方向へ向かう。ただし、その時期と速度にはモデル間の差が大きい。したがって「石炭紀が終わった瞬間に酸素が減った」のではなく、植生、堆積環境、風化、火災、気候、炭素・硫黄循環の組み合わせが数千万年規模で変化した結果と考える必要がある。 ## 石炭紀の酸素上昇が示す、生命と地球の相互作用 石炭紀の高酸素状態は、植物が酸素を大量に出したという一文だけでは説明できない。デボン紀から続く森林の拡大、湿地での有機物保存、堆積盆地への埋没、硫黄循環、岩石風化、気候変動、火災といった複数の過程が重なって成立した。 そして、その変化は生命側にも戻ってきた。高い酸素分圧は動物の呼吸条件を変え、節足動物の大型化を可能にした要因の一つになった可能性がある。一方で火災を起こりやすくし、森林の構造や炭素循環にも影響した。生命が大気を変え、変わった大気が再び生命と生態系を変えるという循環が、ここでは明瞭に現れている。 現在、人類が燃やしている石炭の一部は、こうした後期古生代の湿地生態系が長い時間をかけて岩石圏へ隔離した炭素である。石炭紀は単なる「巨大昆虫の時代」でも「酸素の多い時代」でもない。森林という新しい地球表層システムが、炭素と酸素の循環、気候、火災、生物の進化を同時に組み替えていった時代として見ることで、その意味がよりはっきりする。