生物多様性は増え続けたのか
生物多様性の歴史を振り返ると、「生命は単純なものから複雑なものへ進化し、種類も少しずつ増えて現在の豊かな生態系になった」という物語を描きたくなる。確かに、非常に長い時間スケールで見れば、現在の地球には初期の地球には存在しなかった多様な動物、植物、菌類などが暮らしている。
しかし、生命史を一本の右肩上がりのグラフとして理解するのは適切ではない。生物多様性は増えることもあれば減ることもあり、増え方そのものも一定ではなかった。大量絶滅によって大きく失われた時代があり、その後に新しい系統が広がったこともある。さらに、「多様性」を何によって測るかによって、生命史の見え方も変わる。
地球生命史は、単純な増加の歴史というより、**多様化、絶滅、再編成が何度も重なった歴史**として捉える必要がある。
## 生命の種類は最初から増え続けたわけではない
地球上の生命は少なくとも30億年以上にわたる長い歴史を持つが、その大部分を占める先カンブリア時代では、生命の中心は微生物だった。
ここで注意したいのは、「微生物しかいなかったから多様性が低かった」と単純には言えないことである。化石として残りやすい大型動物とは異なり、古い微生物の種類を詳細に復元することは難しい。過去にどれほどの微生物系統が存在していたのかについては、大きな不確実性が残る。
それでも、後の時代には真核生物、多細胞生物、さまざまな動物群など、新しい生物の構造や生活様式が現れた。したがって生命史の非常に大きな流れとして、生物が利用する生態的な方法が増えてきたことは確かだろう。
ただし、それは一定速度で進んだわけではない。
## カンブリア紀は「多様性が突然完成した時代」ではない
約5億年前のカンブリア紀には、多くの動物群が化石記録に明瞭に現れる。いわゆるカンブリア爆発である。
この出来事は、生物多様性が急増した代表的な例として語られることが多い。しかし、「それまでほとんど生命がいなかったところに突然多数の動物が出現した」という意味ではない。
カンブリア紀より前のエディアカラ紀にも大型の多細胞生物は存在していた。また、動物の系統そのものがカンブリア紀より前に分岐していた可能性も分子系統学などから議論されている。
カンブリア紀に目立つのは、硬い骨格を持つ生物の増加、捕食と防御の関係の発達、海底を掘る行動の拡大など、生態系の構造が大きく変化したことである。
ここでは単に「種数が増えた」というより、**生命が使う生態的な戦略の幅が広がった**と考えたほうが生命史の変化を捉えやすい。
## 多様化の途中には何度も大きな後退があった
古生代以降の海洋生物の化石記録を見ると、多様性は長期的には増加する傾向を示す一方、その途中で何度も急激に低下している。
その代表が大量絶滅である。
オルドビス紀末、後期デボン紀、ペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末などには、通常の絶滅よりはるかに大きな規模で生物群が失われた。
とくに約2億5200万年前のペルム紀末大量絶滅では、海洋と陸上の双方で生態系が深刻な打撃を受けた。生命史全体から見ても最大級の大量絶滅だったと考えられている。
もし生物多様性が単純に増え続けるのであれば、このような出来事は説明できない。
生命の歴史では、一度形成された生態系が永久に維持される保証はない。気候変動、海洋環境の変化、大規模火山活動、海水準変動、小惑星衝突など、さまざまな環境変化によって、それまで繁栄していた生物群が急速に衰退することがある。
多様性は蓄積されるだけではなく、失われる。
## 大量絶滅後に「元の世界」が戻るわけではない
大量絶滅のあとには、しばしば生物多様性が再び増加する。
しかし、これは絶滅前の生態系がそのまま復元されるという意味ではない。
たとえば約6600万年前の白亜紀末大量絶滅では、鳥類を除く恐竜が姿を消した。その後の新生代には哺乳類が大きく多様化したが、これは恐竜が担っていた役割を一対一で置き換えたという単純な現象ではない。
生き残った系統が、新しい環境条件のなかでさまざまな方向へ分岐した結果である。
同じことはより古い大量絶滅でも起きている。大量絶滅の前後では、生態系を構成する主要な生物群そのものが入れ替わることがある。
つまり生命史では、
多様化 → 絶滅 → 回復
という同じ円環が繰り返されるのではない。
より正確には、
**多様化 → 生態系の崩壊や縮小 → 生き残った系統を基盤とする新しい生態系の形成**
という変化が繰り返されてきたと考えたほうがよい。
## 陸上への進出は多様性を生む空間そのものを広げた
生物多様性を長期的に増加させた重要な変化の一つが、生命の活動範囲の拡大である。
初期の生命は水中を中心に暮らしていたが、古生代になると植物、節足動物、脊椎動物などが次々と陸上へ進出した。
植物が陸上に広がると、陸地の環境そのものが変化した。土壌形成や物質循環が進み、植物を利用する動物、それを捕食する動物、枯死した有機物を分解する生物などが結びついた複雑な生態系が形成されていった。
さらに昆虫の飛翔、種子植物の拡大、被子植物と昆虫の多様化などによって、陸上生態系にはさまざまな生活空間が生まれた。
海だけだった生命圏に森林、土壌、河川、湖沼、空中などの環境が加われば、生物が利用できる生態的地位も増える。
生命史における多様性の増大は、生物自身の進化だけでなく、**利用可能な環境の拡大や生態系の複雑化**とも深く関係している。
## 「種の数」だけでは多様性を測れない
そもそも、生物多様性とは何を意味するのだろうか。
現在の生態学では、種の数だけでなく、遺伝的多様性や生態系の多様性なども重要な要素とされる。生命史を扱う場合には、さらに形態的多様性や生態的役割の多様性を考える必要がある。
たとえば、100種の生物がすべてよく似た生活様式を持つ生態系と、50種しかいなくても捕食者、濾過食者、植食者、分解者など非常に異なる役割を持つ生態系では、「どちらが多様か」という問いへの答えは単純ではない。
化石記録にも同じ問題がある。
殻や骨を持つ生物は化石として残りやすい一方、柔らかい体を持つ生物は残りにくい。微生物の過去の多様性を種レベルで復元することも困難である。
そのため、数億年前の地球に存在した生物種の総数を正確に数え、現代と直接比較することはできない。
生物多様性の歴史について語るときには、化石として観察できる多様性と、実際に存在した多様性を区別する必要がある。
## 現在が生命史上もっとも多様だとも簡単には言えない
現在知られている生物種は非常に多く、とくに昆虫をはじめとする陸上生物には膨大な多様性がある。
このため、現在の地球が生命史上でも非常に高い生物多様性を持つ可能性は高い。
しかし、「現在が史上最高である」と厳密に証明することは難しい。
過去に存在した種の多くは化石を残さず絶滅している。現在についてさえ、地球上に存在するすべての種が記載されているわけではない。微生物まで含めれば、過去と現在の総種数を精密に比較することはさらに困難になる。
したがって、「生物多様性は地球史を通じて最終的に現在まで増え続けた」と単純に結論づけるより、長期的な増加傾向と大きな変動の両方を見る必要がある。
## 生命史は右肩上がりの進歩ではない
生物多様性の歴史には確かに長期的な拡大がある。
生命は海から陸へ広がり、新しい体の構造を獲得し、新しい環境を利用し、複雑な生態系を形成してきた。その意味では、数十億年前の生命圏と現在の生命圏は大きく異なる。
しかし、その変化を「生命がより優れた方向へ進歩した」と理解するのは誤りである。
絶滅した生物が劣っていたわけでも、生き残った生物が必ず優れていたわけでもない。環境が変われば、それまで有利だった特徴が不利になることもある。偶然に近い出来事が、どの系統が生き残るかを左右することもある。
生物多様性の歴史は、一本の階段を上っていく物語ではない。
枝分かれし、広がり、ときには多くの枝が失われ、その残った枝から再び別の世界が形成される。その繰り返しのなかで、現在の生物圏が生まれた。
だから「生物多様性は増え続けたのか」という問いへの答えは、単純な「はい」でも「いいえ」でもない。
**非常に長い時間で見れば多様性が拡大してきた側面はある。しかし生命史の実際の姿は、増加と減少、絶滅と多様化、生態系の再編成が重なった、激しく揺れ動く歴史なのである。**