背景絶滅と大量絶滅

絶滅は生命史の例外ではない

生物の絶滅という言葉からは、隕石衝突や巨大噴火によって多数の生物が一度に消える劇的な出来事が連想されやすい。しかし地球生命史を長い時間尺度で見ると、絶滅は大量絶滅のときだけ起こる現象ではない。

新しい系統が生まれる一方で、既存の系統が途絶えることは、生命史を通じて繰り返されてきた。環境の変化、競争関係、捕食、生息地の縮小、海水準の変動などによって、ある種が姿を消すことは平常時にも起こる。このような通常の絶滅を長期的な基準として捉えたものが「背景絶滅」である。

これに対して、比較的限られた地質学的時間のなかで絶滅率が大きく上昇し、広い地域や多様な生物群に影響が及ぶ現象を「大量絶滅」と呼ぶ。

両者の違いは、「絶滅があるかないか」ではない。絶滅の速さ、規模、地理的な広がり、影響を受ける生物群の範囲が、通常の状態からどれほど大きく外れるかにある。

背景絶滅は生態系のなかで継続している

背景絶滅は、生命史の通常運転ともいえる現象である。ただし、すべての時代や生物群で一定の割合で絶滅が起きているわけではない。

地球環境は平常時にも変化している。気候は揺らぎ、大陸や海洋の配置は変わり、海水準は上下する。火山活動や海流の変化も生息環境に影響を与える。生物自身もまた環境の一部であり、新しい捕食者や競争相手の出現、植物相の変化などによって、それまで成立していた生態的な関係が変わることもある。

ある地域にしか分布しない系統、生息環境が限られている系統、個体数の少ない系統などは、条件によって絶滅しやすくなる。一方、広い範囲に分布することや、幅広い環境を利用できることが生存に有利に働く場合もある。

したがって背景絶滅とは、「原因のない自然な絶滅」を意味するわけではない。さまざまな環境変化や生物間相互作用の結果として絶滅が継続的に生じている状態を、長期的な基準として表した概念である。

大量絶滅では何が違うのか

大量絶滅では、背景絶滅の範囲を大きく超えて、多くの系統が地質学的には短い期間に失われる。

地球生命史では、古生代以降の化石記録から特に大規模な五つの絶滅期が認識され、「ビッグファイブ」と呼ばれることが多い。オルドビス紀末、後期デボン紀、ペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末の絶滅である。

ただし、それぞれの大量絶滅は同じ現象ではない。

急激な寒冷化や海水準低下が重要だったと考えられるものもあれば、大規模火山活動、温暖化、海洋の酸素不足、海洋酸性化など複数の変化が重なったと考えられているものもある。白亜紀末には巨大天体の衝突が重要な要因となったことを示す強い証拠がある。

また、大量絶滅の境界が地層上では鋭く見えても、その前から環境変化や生態系の不安定化が進んでいた場合がある。逆に、絶滅後の生態系が短期間で元に戻ったとは限らない。

そのため、大量絶滅を「ある瞬間に生命の大部分が消え、その直後から新しい時代が始まった」という一回限りの事件として理解するのは単純化しすぎである。

絶滅はすべての生物を同じようには襲わない

大量絶滅では多数の系統が失われるが、生物が無作為に消えていくとは限らない。

環境変化の種類によって、生存しやすい性質と生存しにくい性質が変わるからである。

海洋の酸素が減少すれば、酸素条件に敏感な生物は強い影響を受ける可能性がある。一次生産が急減すれば、食物網の構造によって影響の大きさが異なる。生息域が狭い生物と広い生物でも、絶滅リスクは同じとは限らない。

しかし、「小型なら生き残る」「雑食なら安全」といった単純な規則がすべての大量絶滅に当てはまるわけでもない。何が有利になるかは、そのとき起きた環境変化と生態系の構造によって異なる。

大量絶滅を理解するには、失われた生物の数だけでなく、どのような生物が失われ、どのような系統が残ったのかを見る必要がある。

絶滅後には生態的地位の空白が生じる

多数の生物が消えると、それまで生態系のなかで占められていた役割の一部が空く。

ある捕食者が絶滅すれば、その捕食者が利用していた獲物や生息空間をめぐる関係が変化する。大型草食動物が失われれば、植物との関係や他の草食動物の競争条件が変わる。海洋では、造礁生物やプランクトンなどの消失が、生態系全体の構造に大きな影響を与えることもある。

こうした空白は「生態的地位」、すなわちニッチの空白として説明されることがある。

ただし、ニッチは固定された座席のようなものではない。生物同士の関係や環境そのものが変われば、生態系に存在する役割も変化する。絶滅前とまったく同じ生態系が残り、空席だけを別の生物が埋めるわけではない。

大量絶滅後に形成されるのは、多くの場合、絶滅前とは異なる条件のもとで再編成された生態系である。

生き残った系統が多様化することがある

大量絶滅の後には、生き残った系統の一部が多様化することがある。

競争相手や捕食者が減少し、利用できる資源や生息環境が変化すれば、それまで広がることのできなかった系統に新しい機会が生まれるためである。世代を重ねるなかで異なる環境への適応が進み、種や生態的な形態が増えていく場合がある。

白亜紀末の大量絶滅後に哺乳類の多様化が進んだことは、その代表例として挙げられる。ただし、非鳥類型恐竜が絶滅したために哺乳類が「登場した」わけではない。哺乳類そのものは中生代からすでに存在し、多様な系統へ分かれていた。

大量絶滅によって生態系の条件が大きく変わり、その後、生き残った哺乳類の一部がさまざまな生態的地位へ広がったのである。

同じことは他の大量絶滅でも見られる。絶滅後に繁栄した系統は、絶滅によって生み出されるために存在していたわけではない。偶然生き残った系統を含む当時の生物が、変化した環境のなかで進化した結果として、多様化が起こる。

大量絶滅は進化のために起こるのではない

生命史を振り返ると、大量絶滅の後に新しい生物群が繁栄する例がある。そのため、大量絶滅が「古い生物を消して新しい生物のために場所を空ける仕組み」のように語られることがある。

しかし、これは結果から過去を目的論的に見てしまう解釈である。

ペルム紀末の大量絶滅は、その後の中生代型生態系を生み出すために起きたのではない。白亜紀末の絶滅も、哺乳類や人類の時代を準備するために起きたわけではない。

大量絶滅によって多数の系統が失われ、その結果として生態系の構造が変わった。そして偶然生き残った系統の一部が、その後の環境条件のもとで多様化した。

順序はこのように考える必要がある。

絶滅には未来の生態系を作る目的はない。それでも絶滅が起きれば、生き残った系統が進化する条件は変化する。その結果として、後世から見れば生命史の大きな転換点となるのである。

背景絶滅と大量絶滅の境界は完全には単純でない

化石記録から絶滅率を測定することには難しさもある。

すべての生物が化石として残るわけではなく、化石になりやすさも生物によって異なる。地層の保存状態にも地域差があり、年代決定の精度によっては、本来は時間差をもって起きた絶滅が同時に見える可能性もある。

また、「大量絶滅」と通常の絶滅の境界をどこに置くかも、研究対象や用いるデータによって変わりうる。絶滅の規模だけでなく、その速度や地理的広がりをどのように評価するかも重要になる。

したがって、背景絶滅と大量絶滅は完全に二種類の別々の現象というより、長期的な絶滅動態を理解するための重要な区分と考えるほうがよい。

絶滅と多様化の両方から生命史を見る

地球生命史は、生物が次々に増えて現在の多様性へ一直線に進んできた歴史ではない。

新しい系統が生まれる一方で多くの系統が消え、ときには大量絶滅によって生態系そのものが大きく組み替えられてきた。現在見られる生物多様性も、過去に存在したすべての可能性の頂点ではなく、数多くの分岐と絶滅を経て残った系統の組み合わせである。

背景絶滅は、その選別が平常時にも継続していることを示す。大量絶滅は、その速度と規模が一時的に大きくなり、生態系全体の構造まで変える場合があることを示している。

重要なのは、絶滅そのものを進化の目的と考えないことである。

絶滅によって生態的地位の一部が空き、生物間の関係が変わる。その新しい条件のなかで、生き残った系統の一部が多様化する。地球生命史の大きな転換は、こうした絶滅と生存、環境変化と進化の積み重なりとして理解することができる。