古細菌と細菌の初期史

現在の地球では、細菌と古細菌は土壌、海洋、地下深部、温泉、動物の体内など、ほとんどあらゆる環境に生息している。見た目はいずれも小さな単細胞生物が中心だが、生命の系統をたどると、両者は単なる「よく似た微生物」ではない。細胞膜の構造、遺伝情報を扱う仕組み、代謝経路などに重要な違いを持つ、非常に古くから分かれてきた系統である。 ただし、古細菌と細菌のどちらが先に現れたのか、両者がいつ、どのような環境で分岐したのかを直接示す化石は残っていない。地球生命史の最初期について分かっていることは、現生生物の比較、古い岩石に残された化学的痕跡、微化石と解釈される構造などを組み合わせて推定したものである。 そのため初期生命史を考えるときには、「観測されている事実」と「そこから復元された仮説」を区別する必要がある。 ## 古細菌と細菌は生命の大きな二つの系統 生物の系統関係を遺伝情報から比較すると、細菌と古細菌は明確に異なる大きな系統として認識される。 細菌には、大腸菌、シアノバクテリア、乳酸菌など非常に多様な生物が含まれる。一方、古細菌にはメタンを生成するもの、高温環境や高塩分環境に生息するものを含め、多様な系統が知られている。 かつて古細菌は、高温や高塩分などの極端な環境に生息する特殊な微生物という印象で語られることが多かった。しかし現在では、海洋や土壌など一般的な環境にも大量の古細菌が存在することが分かっている。 細菌と古細菌は、どちらも基本的には核を持たない原核生物である。しかし、この外見上の類似だけから、一方をもう一方の単純な祖先と考えることはできない。 両者はそれぞれ長い進化の歴史を持つ現生生物であり、「古細菌のほうが古い」「細菌のほうが原始的」と単純に並べられる関係ではない。 ## 共通祖先はどのような生命だったのか 細菌、古細菌、そして真核生物には共通する基本的な仕組みがある。 DNAを遺伝情報として利用すること、RNAを介してタンパク質を合成すること、リボソームを持つこと、ATPをエネルギーの受け渡しに利用することなどである。 こうした共通性から、現在知られている生命は、過去に共通祖先を持っていたと考えられている。この共通祖先は一般に「最終共通祖先(LUCA)」と呼ばれる。 ただしLUCAは、「地球最初の生命」を意味しない。 LUCA以前にも生命あるいは生命に近い化学システムが存在し、複数の系統が生まれていた可能性がある。その中で、現在まで子孫を残した系統をさかのぼった先に位置するのがLUCAである。 したがって、生命の起源からLUCAまでの間に何が起こったのかは、初期生命研究の重要な未解明領域である。 ## 細菌と古細菌はいつ分かれたのか 細菌と古細菌の分岐は、生命史の非常に早い段階で起きたと考えられている。しかし、その年代を正確に決めることは難しい。 非常に古い時代の生命については、保存状態のよい化石がほとんど残らない。微生物は体が小さく、鉱物化しやすい硬い骨格も持たないためである。 古い岩石からは、微生物によって形成された可能性のある構造や、生命活動に由来する可能性のある炭素同位体組成などが報告されている。しかし、特に古い証拠ほど、非生物的な過程でも似た特徴が生じうるため解釈には慎重さが必要になる。 さらに、仮に非常に古い生命活動の証拠が確認できても、それだけではその生物が細菌だったのか古細菌だったのかを判定できない場合が多い。 現生生物のDNAやタンパク質の違いから過去の分岐年代を推定する「分子時計」も利用されるが、数十億年前までさかのぼる推定には大きな不確実性がある。 そのため、細菌と古細菌が地球史の初期にすでに分岐していたという考えは有力だが、「何億年前に分かれた」と狭い年代幅で断定することは難しい。 ## 細胞膜に残る大きな違い 細菌と古細菌の違いの中でも、とくに注目されるのが細胞膜である。 どちらの細胞も脂質からなる膜によって外界と区切られているが、その脂質を構成する分子や化学結合には大きな違いがある。 この違いがなぜ生じたのかは、初期生命史を考える重要な問題である。 生命の起源研究では、原始的な化学反応系が膜のような構造に包まれる「区画化」が重要だったと考える仮説がある。外界と内部を分けることができれば、特定の分子や化学反応を内部に保持しやすくなるからである。 しかし、初期生命が現在の細菌型の膜を持っていたのか、古細菌型の膜を持っていたのか、それとも現生生物とは異なる膜を利用していたのかについては決着していない。 細菌と古細菌の膜の違いは、LUCA以前あるいは初期の系統分岐に大きな変化があった可能性を示しているが、その過程そのものを直接観測することはできない。 ## 初期生命の世界では酸素はほとんど使えなかった 現在の地球では、多くの生物が酸素を利用して効率よくエネルギーを得ている。しかし、地球史の初期には大気や海洋に自由な酸素が大量に存在していたわけではない。 したがって、初期の細菌や古細菌につながる生物は、現在の好気呼吸とは異なる方法でエネルギーを得ていたと考えられる。 現生の細菌や古細菌を見ると、水素、硫黄化合物、鉄化合物、二酸化炭素などを利用するさまざまな代謝が存在する。古細菌の一部が行うメタン生成もその一例である。 こうした代謝の一部は非常に古い起源を持つ可能性がある。 ただし、現代の深海熱水噴出孔や地下環境に古い型の代謝を行う生物がいるからといって、「最初の生命がその環境で誕生した」と証明されたわけではない。 熱水環境、浅い水域、鉱物表面、周期的に乾燥と湿潤を繰り返す場所など、生命誕生の場については複数の仮説が研究されている。 現生の古細菌や細菌の性質は初期生命を推定する重要な手掛かりだが、現在の生物をそのまま数十億年前の生命の姿とみなすことはできない。 ## 微生物の代謝が地球環境を変えていった 古細菌と細菌の初期史は、生物だけの歴史ではない。微生物の代謝は、海洋、大気、岩石を循環する元素の流れに影響を与え、地球環境そのものを変えていった。 たとえば炭素を固定する微生物は、無機炭素を有機物へ取り込む。メタンを生成する古細菌は炭素循環に関与する。硫黄化合物や鉄を利用する微生物も、それぞれの元素循環に影響する。 こうした微生物活動の一部は、地球史の非常に古い段階から存在した可能性がある。 その後、細菌の一系統であるシアノバクテリアが酸素発生型光合成を行うようになると、地球環境にはさらに大きな変化が起こった。 ただし、酸素発生型光合成がいつ成立したのか、その成立から大気中の酸素増加までどの程度の時間があったのかについては研究が続いている。 重要なのは、微生物が地球環境に適応しただけではなく、微生物自身の活動によって環境条件も変化したという点である。 ## 古細菌は真核生物の起源にもつながる 古細菌の歴史は、後の真核生物の誕生を考えるうえでも重要である。 分子系統学や細胞生物学的な研究から、真核生物の細胞の成立には古細菌系統と細菌系統の双方が関係したと考えられている。 真核細胞の情報処理系には古細菌との共通性が多く、ミトコンドリアは細菌系統の生物が別の細胞内に取り込まれ、共生したことに由来すると考えられている。 ただし、真核生物成立の細かな順序や、最初の宿主がどのような生物だったのかについては現在も研究が続いている。 ここでも、細菌と古細菌は「単純な生命から複雑な生命へ進む途中段階」だったわけではない。 細菌と古細菌の系統はその後も独自に進化を続け、現在も地球の生態系と物質循環を支えている。 ## 初期生命史で分かっていることと分からないこと 古細菌と細菌の初期史について、比較的確かなのは、両者が非常に古い系統であり、共通祖先から分かれたこと、そして現在では細胞膜や情報処理系などに重要な違いを持っていることである。 一方、生命が最初にどこで誕生したのか、最初の生命がどのような膜や代謝を持っていたのか、LUCAがどのような環境で生きていたのか、細菌と古細菌の分岐が正確にいつ起こったのかは確定していない。 さらに、生命の起源からLUCAまでの過程については、現生生物だけから復元することには限界がある。 初期地球の岩石記録は部分的であり、生命の痕跡と非生物的な化学反応を区別することも容易ではない。 それでも、細菌と古細菌の比較から見えてくるのは、生命史の非常に早い段階ですでに複数の進化的方向が生まれていたということである。 その後の数十億年にわたり、これらの微生物は地球環境の変化に適応すると同時に、炭素、硫黄、窒素、酸素などの循環を通して地球そのものを変えてきた。 古細菌と細菌の初期史は、単に「最初の微生物」を探す物語ではない。生命の進化と地球環境の変化が、最初期から切り離せない関係にあったことを示す、地球生命史の出発点の一つなのである。