被子植物はなぜ広がったのか
## 「花があったから成功した」だけでは説明できない
現在の陸上には、樹木、草本、つる植物、水生植物など、きわめて多様な被子植物が生育している。農作物の大部分も被子植物であり、私たちが目にする植物相の中心を占めている。しかし地球史をさかのぼれば、陸上植物の主役が最初から被子植物だったわけではない。
被子植物が化石記録で明瞭になるのは白亜紀前期で、その後、白亜紀を通じて多様化していったと考えられている。ただし、分子系統解析から推定される起源年代と化石記録にはずれがあり、「いつ最初の被子植物が生まれたか」にはなお議論がある。少なくとも、白亜紀に入ってから主要な被子植物群が急速に多様化したことは、花粉や葉などの化石記録から支持されている。
では、なぜ被子植物は広がったのだろうか。
その理由を一つの「発明」に求めるのは適切ではない。花、果実、葉の構造、成長速度、昆虫との関係、環境変化など、複数の条件が組み合わさった結果として考える必要がある。
## 被子植物以前に、すでに陸上植物の基盤はできていた
被子植物の拡大には、その前の数億年にわたる植物進化が前提として存在した。
植物はすでに陸上へ進出し、維管束、根、葉、種子などを進化させていた。とくに種子植物では、胚を保護し、乾燥した陸上でも次世代を残せる仕組みが成立していた。裸子植物はジュラ紀から白亜紀初期の陸上植生で重要な位置を占め、針葉樹類、ソテツ類、イチョウ類などが広く分布していた。
つまり被子植物は、「海から初めて陸へ出た植物」でも「初めて種子を作った植物」でもない。
すでに完成度の高い陸上植物の世界に、新しい繁殖・成長・生態戦略を持つ種子植物として加わったのである。
この点は、被子植物の成功を理解するうえで重要である。進化上の転換は、何もない場所に突然生じるのではなく、それ以前に成立していた構造や生態系の上に起こる。
## 花は繁殖の方法を多様化させた
被子植物を特徴づける構造の一つが花である。
花そのものが昆虫を生み出したわけでも、動物による送粉を初めて成立させたわけでもない。被子植物以前にも、昆虫と裸子植物の間には送粉を含むさまざまな相互作用が存在したことが化石から示されている。
しかし被子植物では、花の形、大きさ、香り、蜜、開花時期などを変化させることによって、送粉者との関係をきわめて多様化できた。
風に大量の花粉を運ばせる方法に加え、昆虫などの動物に花粉を運んでもらえば、同種個体へ比較的効率よく花粉を届けられる場合がある。植物側の花の違いと、昆虫側の行動や形態の違いが組み合わされれば、同じ地域に多数の植物種が共存することも可能になる。
ただし、「昆虫と被子植物が同時に爆発的に多様化した」という単純な共進化物語には注意が必要である。昆虫の主要系統の多くは被子植物より古く、被子植物の放散が昆虫の多様化に与えた影響も時代によって異なる。近年の化石記録を用いた研究でも、白亜紀から新生代にかけて両者の関係が段階的に変化した可能性が示されている。
重要なのは、花が単独で「勝利をもたらした」のではなく、植物と動物の間に新しい生態的関係を作り出す余地を大きくしたことである。
## 果実は種子の移動方法を増やした
被子植物では、胚珠が心皮に包まれ、受精後にはその周囲の組織が果実になる。
果実にも非常に多くの形がある。
風に運ばれる翼を持つもの、水に浮くもの、動物の体に付着するもの、そして果肉を動物に食べさせ、種子を別の場所へ運ばせるものがある。
この多様性によって、被子植物は種子散布の方法を細かく分化させることができた。
とくに動物散布では、植物は動物の移動能力を利用できる。親植物の近くから離れて種子を運べれば、親子間の競争を減らしたり、新しい生育地へ進出したりできる可能性が高まる。
鳥類や哺乳類との果実を介した関係は、後の新生代にさらに複雑になっていく。したがって果実は、被子植物自身の繁殖器官であるだけでなく、陸上生態系に新しい食物資源と種子散布ネットワークを作る構造でもあった。
## 「速く成長できる植物」が増えた
被子植物の拡大を考えるうえでは、繁殖だけでなく葉の性能も重要である。
白亜紀の被子植物化石を調べると、初期には葉脈密度の低い葉が多かった一方、その後は非常に高い葉脈密度を持つものが現れている。葉脈が高密度になれば、葉へ水を供給する能力を高め、高い気孔伝導度や光合成速度を支えられる可能性がある。白亜紀後半へ向かってこうした葉の構造が発達したことは、被子植物の高い生産性と関係していた可能性が指摘されている。
もちろん、すべての被子植物が速く成長するわけではない。長寿命で成長の遅い樹木も多数存在する。
重要なのは、被子植物の中から、高い光合成能力を利用して短期間に成長する戦略を持つ系統が多数生まれたことである。
森林の倒木跡、河川沿い、土砂移動の起こる場所など、植生が繰り返し破壊される環境では、短期間に成長し、早く繁殖できる植物が有利になる場合がある。被子植物はこうした場所だけに適応したわけではないが、速い生活史を選択できる系統が多様化したことは、さまざまな環境への進出を助けたと考えられる。
## 一つの強みではなく、多数の戦略を作れたことが重要だった
被子植物を「裸子植物より優れた植物」と考えると、生命史を進歩の階段として誤解してしまう。
現在でも針葉樹は寒冷地や乾燥地など広い地域で森林を形成している。被子植物がすべての環境で裸子植物より有利なのではない。
被子植物の特徴はむしろ、非常に異なる生活様式を繰り返し進化させたことにある。
巨大な森林樹木にもなれば、数か月で一生を終える一年草にもなる。水中生活へ戻ったものもあれば、乾燥地へ進出したものもある。他の植物に巻き付くつる植物、着生植物、寄生植物まで存在する。
花や果実の形も、葉の構造も、生活史も大きく変化できた。
ゲノム重複や遺伝子重複が植物の形態進化に新しい材料を供給したことも研究されているが、それだけで被子植物全体の多様化を説明できるわけではない。ゲノム重複の時期と種分化速度の関係も系統ごとに異なり、一つの遺伝的事件を「被子植物成功の原因」とみなすことは難しい。
成功の鍵は一種類の万能な特徴というより、異なる環境に応じて多数の生態戦略を作り出せたことにあったと考えるほうがよい。
## 被子植物の拡大は、動物の世界も変えた
被子植物が増えると、変化するのは植物相だけではない。
花は花粉や蜜という資源を提供する。葉や茎は植食性昆虫の餌となる。果実や種子は鳥類や哺乳類などの食物になる。樹木がつくる林冠や落葉は、森林内部の光、湿度、土壌、有機物循環にも影響する。
その結果、植物を利用する動物にも新しい生態的地位が生じる。
白亜紀から新生代にかけて、被子植物と昆虫の関係は多様化し、後には鳥類や哺乳類を含む送粉・植食・種子散布ネットワークも発達した。ただし、それぞれの動物群の多様化を被子植物だけで説明することはできない。気候変化、大陸配置、絶滅、捕食関係など、他の要因も同時に作用している。
被子植物の放散は、一つの植物群が別の植物群を単純に置き換えた出来事ではなかった。
植物が新しい食物と生息空間を作り、それを動物が利用し、動物との関係がさらに植物の進化に影響するという相互作用が拡大した出来事だったのである。
## 地球環境の変化も背景にあった
白亜紀には、大陸分裂が進み、海陸配置や気候も変化していた。
こうした環境変化によって地域間の隔離が生じれば、植物集団が分断され、新しい種が成立する機会が増える可能性がある。また気温、降水量、大気中二酸化炭素濃度などの変化は、植物の成長や競争関係にも影響する。
白亜紀のテクトニクスと気候変化が被子植物の地理的拡大や多様化に関係した可能性を示す研究もある。
しかし、ここでも単純な一方向の因果関係は成立しない。
「気候が変わったから被子植物が繁栄した」と一つの原因に還元するのではなく、地球環境が新しい生育条件を作り、植物の進化がその条件を利用し、植物相の変化がさらに陸上生態系を変えていったと考える必要がある。
## 被子植物の拡大は、生態系そのものの転換だった
被子植物が広がった理由として、花だけを挙げることも、昆虫との共進化だけを挙げることもできない。
その前提には、種子植物としてすでに成立していた陸上生活の仕組みがあった。その上に、花による多様な送粉、果実による多様な種子散布、高い生産性を可能にする葉の進化、速い生活史、遺伝的・形態的な多様化能力が重なった。そして大陸移動や気候変化、昆虫をはじめとする動物との相互作用が、その多様化の舞台を作った。
どの要因がどれほど重要だったかは、現在も研究が続いている。一つの特徴だけで被子植物の成功全体を説明できる証拠はない。
むしろ地球生命史で重要なのは、被子植物の登場によって「植物の種類が増えた」だけではなかったことである。
花を利用する動物、葉を食べる動物、果実を運ぶ動物、それらを捕食する動物まで含め、新しい関係の網が陸上に形成された。
被子植物の放散とは、植物の一系統の成功であると同時に、陸上生態系そのものが新しい構造へ組み替えられていった生命史上の転換だったのである。